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エイジア・ベイコク・ベース

葛西祝による格闘技にまつわるテキスト


ゲンナジー・ゴロフキンvs村田諒太 戦後物語

Category: 「見立て」の格闘観戦記録   Tags: ---
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ゲンナジー・ゴロフキンvs村田諒太の一戦から一週間が過ぎた。あの試合の物語性はむしろ終わったあとで浮かび上がってくる気がした。

日本語における大規模な格闘技興行は、なんらかの物語を必須として開催されていることがほとんどだ。スポーツをそのまま競技能力の強弱という視点だけで観られることは、本当のところ数少ない。技術については専門の知識が必要で認知できないから……というのがほとんどだろうが、格闘技においては一般スポーツよりも構造として物語の要求は強いように思う。

自分はそんな競技能力以上の物語が先に来る現実を見ながら、いつも芸人・永野の代表的な芸であるゴッホとラッセンに捧げる歌を思い出したりする。「ゴッホとかピカソとかいいってみんないうけど本当はクリスチャン・ラッセンのほうが好きでしょ」ってリズム芸はとっくに擦り切れているが、「ほとんどの人はある表現の本質はどうでもよく、わかりやすく目立って楽に消費できるものを選ぶ」という皮肉はいまだ有効だ。

格闘技を例にすれば永野の皮肉もわかりやすいだろう。2000年代の日本語ボクシングは長谷川や西岡よりも亀田が好きだし、日本語MMAを観ればみんなUFCよりシバターや平本が好きなわけである。これらの事実がもたらす悲惨さはなじみ深いものだ。きっとこれからも新しい亀田や新しいシバターが現れて、格闘技の現実を知っているみんなをがっかりさせる物語が始まる。

まったくの物語を外した試合はありえるのか? そうした現実を鑑みながら、ほぼ現行の世界ボクシングシーン最前線の価値で実現されたゴロフキンvs村田を観ていたのだった。

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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

浜崎彩加vs伊澤星花2はフェミニズム批評だったらどう見るのだろうか

Category: ウェブ線上の批評   Tags: ---
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多様性についての批評がインターネットの上で活発だが、多くは映画や漫画みたいなポピュラーカルチャーに集中しがちだ。そんな批評にとって、このジャンルはどう見えているのだろう?と考えるのが現行のMMAでもある。

自分に語れることはたかが知れているから、たとえば高島鈴さんや近藤銀河さんに近い書き手がしっかりMMAを見ることがあれば、海外や国内で起きているMMAで、とりわけ女子はどう見るんだろうか。みんな他ポピュラーカルチャーのほうに興味が向かうので、日本語のインターネットにおいてスポーツの評論が話題になることは少ない。(英語圏にはいくつかある。端的にいまの女性がMMAに見だした価値をチェックするなら、Netflixの映画「ブルーズドー打ちのめされても~」を観るといいかもしれない。MMAファンの女優のハル・ベリーが監督と主演を行うほど入れ込んだ映画だ。完成度はともかくとしても、ここにはハルが女子MMAで感銘を受けた多くがあるのは確かである)。

寓意的な意味で、いまRIZINで気になるのは平本蓮でも萩原恭平でもなく伊澤星花だ。去年の大晦日にて、もはや相手がいないと称されていた浜崎朱加を圧倒した。次のRIZINでリマッチが組まれ、伊澤の真価が問われている。このリマッチはストーリー性よりも、どちらかと言えば競技性の強弱が注視されていると思う。

もちろん彼女のパフォーマンスがどうなるかが気になるのだが、この試合は浜崎朱加とのコントラストによって極めて現代的な物語性を生み出しているように感じる。平本はいつ勝てるのかとか、ムエタイに最上の価値を置いた梅野のインタビューをいじることで自分のYoutube再生数を稼ぐ選手が溢れる裏で、静かにドラマチックなマッチアップが存在している。

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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

猪木寛至に戻るとき

Category: プロレスの生む物語   Tags: プロレス  
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ここ数年は自分がどんなふうに年を取るかどうかをよく考える。ポピュラーカルチャーに絡んだ仕事を重ねていくと、いつまでも20代や30代のイメージのままの人たちをたくさん目にすることになる。まるで年を取る事実を見ないものとするかのように、ずっと若い彼らを美しくも惨めとも言えないまま眺め、テキストを書くことは少なくない。

これはアイドルだとか、ミュージシャンだとか人前に出る職業に限らなくて、もくもくとスタジオで作品を生み出す人たちだってそうだ。事実、いまヒットしてるエヴァンゲリオンなんて監督は60代を過ぎているのに「大人になった、あるいはそうではないか」みたいな批評が溢れかえっていた。自分よりはるかに年を重ねている人たちが作品解釈のテーマをそう考えてしまう姿は、批評の内容以前にやはりこれから年を取ることがいったいどういうことかを考えるのに十分だった。

そんなことを思いながらいつものようにYoutubeを開くと、考えもしなかったところから “年を取ること”について示唆を与える映像が目に入った。アントニオ猪木の現在である。

あまりにも大きな人物ゆえに、むしろ目にしていなかったところからポピュラーカルチャーにおける加齢の現実が鋭利に突きつけられているように思えた。

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テーマ : プロレス    ジャンル : スポーツ

歴史の終焉、を完全には描き切れなかった『2000年の桜庭和志』書評

Category: ウェブ線上の批評   Tags: ---
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ある歴史が死んだことを認めるのにどうやら20年前後はかかるようだ。

プロレスが最強の格闘技、というコピーによって、かつて空手と絡んだり、ボクシングと絡んだりしながら興行を盛り上げていった歴史は、いま振り返れば90年代の半ばにすでに余命が決まっており、2000年代に入ったときには間違いなく死んだ。

歴史が死ぬとは。ここでは「ある価値観や慣習が死ぬ」ことを指す。新日本vsUインターの対抗戦や、高田延彦vsヒクソン・グレイシーの無残な結果のほかにも、アントニオ猪木が引退し、ジャイアント馬場が逝去した数々をあげるだけでも歴史の死を認めるのに十分なように思える。だけど多くの人はそれでも歴史が死んだことを認められず、かつての価値観や慣習を持ち出してしまう。

2000年代の格闘技バブルは、MMAやK-1といったまったく新しいジャンルを広く世間に浸透させたものだと思い込んでいた。しかし実際には昭和から続くある歴史をリアルファイトによって華々しく終わらせたに過ぎなかった。バブルが弾けたとき、ほとんど何も残らなかった。

柳澤健氏の『2000年の桜庭和志』は筆者自身が語るように、『1976年のアントニオ猪木』から始まったシリーズの最終章として書かれたものだ。一連のシリーズは日本のプロレスと格闘技について、本来まったく違うものにも関わらず、なぜここまでの熱狂を生んだのかの歴史を追いかけながら、虚飾に彩られた歴史を明らかにしていくカタルシスをもたらすものだった。

つまり2007年から13年をかけて、昭和から続くある歴史の死を描き続けていたと思う。言いかえれば、ある特定の価値観を持った社会や、コミュニティの歴史が、どこかの段階で完全に死んでしまう過程がまとめられている。見方によっては普遍性を持った価値もあると思う。

何のジャンルでも、絶対だと思い込んでいたり、快いと感じていたはずの価値が時代のどこかで死ぬ瞬間がある。自分が書いている他のジャンルでもそうだ。ビデオゲームでもアニメーションでも、日本映画でも間違いなく歴史の死は存在する(もちろんサブカルチャーだけの話ではない)。しかしプロレスや格闘技の場合は、他のジャンルと比べてあまりにも歴史の死に方が鮮烈なことが多く、歴史の死を認められない人たちの惨めさも深い。

柳澤健氏の一連のシリーズは、プロレスや格闘技のある価値観や慣習が死んだ事実を見せ続けてきた。だが最終章である『2000年の桜庭和志』は、歴史の死を完全に突きつける掘り下げに欠けており、格闘技で例えるならば弱った相手を仕留めそこない、判定に入ってしまったのような読後感が残る。ではその掘り下げとは何か? それを書いていこうと思う。

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マークの残酷さ

Category: ウェブ線上の批評   Tags: ---
かつて90年代の終わりから2000年代のはじめ、まだMMAや立ち技とプロレスは境目なく見られていた。しかしプロレスを格闘技として信じうるものと見るには限界があり、その慣習を覆そうとする言説があった。

その言説は、もはや格闘技のように信じうるものというプロレスが時代にも合わなくなり、いわばメタな楽しみ方を提示しようとしていた。アティチュード路線のWWEが活況を呈していたことを参考に内幕を理解したうえで、各団体が打ち出していくことを楽しむみたいな意図だったと思う。

言説で大きなもののひとつは、プロレスを捉える観客のレベルを説明する言葉だった。勝敗や試合展開など決められているプロレスを、本当の試合だと思い、本当のストーリーだと捉える層をマークというそうだ

対照的にプロレスの内幕をすべて理解している層をスマートという。この層は関係者に関わるレベルでもあり、わずかしかいない。少し賢しらな観客でも、結局は内幕のすべてを理解することはできないから、団体が提示したものを想像するまでに留まる。そうした層はマークとスマートの中間として、シュマークと呼ばれていた。

あれから20年が経ち、プロレスとMMA、立ち技もまったく別物と認識が変わった。いま自分はなんとなくみんなエンターテインメントを見るときにはそのまま捉えたりはせず、一歩引いたうえで楽しんでいるものではないかと思っていた。むしろ、“半端に内幕を想像するマーク”であるシュマークの悪さについて考えるほうかもしれない。少しものをわかっているけど、本当の裏側はわからないマニアがジャンルを滅ぼしてしまうみたいなことだ。

でもそれは自分の周りがそうした人たちばかりだからそう感じるだけで、実際にはマークの残酷さが広がっている現実をあらためて感じさせる出来事があった。木村花選手の逝去だった。

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プロフィール

葛西祝/EAB

Author:葛西祝/EAB
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