オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


すべての興行と虚業・サーカスとスポーツ

Category: もうひとつの格闘技史   Tags: 興行  虚業  マス  康芳夫    
ささく

 康芳夫という、昭和に活躍していた伝説的プロデューサーで「職業・虚業家」と言う肩書きを自称していることといい、実にかの時代のコンプライアンスも科学も情報も無い時代ならではのフレイバーに包まれている人物を最近調べてたのだが、昔のアントニオ猪木VSアリや極真空手といったプロレス・格闘技の裏で興行師として暗躍していたという経歴もあり、その辺の事情をちょっと調べていても痛烈に目の当たりにさせられる、すべての「興行」というものが持っている一種の属性と真実に関してそれが濃厚に集約されていると感じさせられたのだった。

 というわけで今回は「虚業家から紐解く全ての興行の属性と、サーカスとスポーツを行き来する凄まじいジャンルの格闘技」の章。

康芳夫
東京西神田にて、駐日中華民国大使の侍医の中国人の父と日本人の母との間に、三人兄妹の次男として生まれる。暁星小学校を経て海城高校卒業。横浜国立大学に入学するも1年で中退し、1958年に東京大学に入学する。

東大在学中の1961年に五月祭の企画委員長を務め、ジャズフェスティバルや文化人によるティーチインを開催する。これがプロデュース業の原点となる。このときに石原慎太郎と知己を得て、1962年に彼の紹介で「赤い呼び屋」と呼ばれた神彰が主催するアート・フレンド・アソシエーションに就職。本格的に興行師としての仕事を開始した。

アート・フレンドは、ソニー・ロリンズ日本招聘、「大西部サーカス」、富士スピードウェイでの日本インディ開催、「アラビア大魔法団」(実在しない集団で、ドイツ人を集め、白人なので顔を黒く塗って急遽でっちあげたものだった)を公演した。「そんないい加減なものに三島由紀夫が二回も来たのでバカだなと思った」とは康本人の談。

以降の康芳夫は「虚業家」を自称して、正統的なプロデュース業からキワモノ的な仕事が多くなる。1973年の石原慎太郎を隊長とする「国際ネッシー探検隊」、1976年のオリバー君招聘[2]とアントニオ猪木対モハメド・アリのコーディネートである。アリを呼ぶためにブラック・ムスリムに入信し、マネージャーに近づいて話をつけたという。ベニハナレストラン社長のロッキー青木が会見の金を出したほか、熱海の大金持ちの若いスポンサーを見つけてきて金を工面したともいう。

その後は、1977年のハイチでのトラ対空手家・山元守[3]の試合。当時のハイチの大統領でありブードゥー教徒、空手ファンでもあったディバリエ・ジュニアは、試合をすぐ許可した。しかし、動物愛護協会からのクレームと愛護協会の要職にいたブリジット・バルドーがカーター大統領に電報を打ったことから、ハイチに援助を行っているアメリカの圧力で中止になった。

1979年のアントニオ猪木対ウガンダのイディ・アミン大統領の試合は政変でアミンが国外に逃亡し中止を余儀なくされ、1982年のテレビ朝日によるロサンゼルス五輪独占放映権獲得、1986年の「ノアの方舟探索プロジェクト」も実現には至らず、康芳夫の「呼び屋」としての旺盛な活躍は実質的に1970年代までといえる。



 というわけで、一応は格闘技ブログということで、どおいう年齢層の方が見ているかは分かっていないけど、40~50代の方ならば上のウィキペディアの経歴を見ただけでもかなり覚えがある出来事があると思われるし、20代の自分にはそれは「今頃勘弁してくれ恥ずかしい(笑)慎太郎・・」の感情が湧きあがるのかどうかは判別しかねるが、ザックリ調べてるだけでも、とりあえず格闘技史的にアントニオ猪木対アリや極真空手に関わっていることや、これが単に日本から忘れ去られたトンデモが天下を取ろうとしていた時代というものではなく、むしろ全く逆にここ日本における戦後の全ての興行、格闘技に留まらずTV番組にまで至る全ての興行が持っている属性と、歴史の始原みたいなものを見た意味がものすごく強かった。

 というのも、K-1・PRIDEなどが「新スポーツとして浸透するのだろうか?」みたいなファンの可憐な希望の脇で、主に大晦日地上波のフックとして取り上げられていたボブ・サップはじめ曙の格闘技転向やボビー・オロゴンなどなどの仕掛けなんかも格闘技バブルのハイライトの一部を担っていたことだろうが、この虚業家・康氏の経歴なんかを振り返るに、実に彼を代表として戦後が為してきた仕掛けがが遺伝して結実しているようにしか見えず、むしろコンプライアンスだとか情報なんかが発達している2000年代を考えるとこんなサーカスのような出来事が実現できた最後の奇跡のような事態とも言えるのかもしれない。

 そしてこれは格闘技のプロモーションの一つの源流というだけに留まらず、デタラメな猿と人間のハーフオリバー君からネッシー探検隊などその影響下に共に仕事をしていたテリー伊藤から矢追純一などがいたころから一時期のUFOから陰陽師だとかのオカルトがテレビ興行のフックとして席巻していた原点とも見えたのであった。(で、そんなオカルトもその次のテレビ番組の実用性優先のブームに飲まれる形で実用性オカルト・スピリチュアルの流れになったりしているように見えるとか、良く出来てる。偏見まみれで何だが。)

二宮清純氏の対談「この人と飲みたい」より

二宮: 康さんは発想がすごいですよね。「極真空手vs.人食いトラ」というのは?
康:   これは、知り合いから紹介された山元守という空手家に会ったことがきっかけとなりました。彼は大山倍達のパートナーで、元自衛官、極真会の最高顧問という肩書を持っていた。国士舘大学の空手部の師範も務めていて、非常に凶暴な男だった。「何が相手でも勝てる。トラと闘っても一撃で殺す自信がある」と言うから「キミ、本当に素手でトラと闘うか?」と訊いたら「やります!」と。それで「最強の空手家vs.トラ」の企画が決定しました。
二宮: でもさすがに日本ではできないでしょう。
康:   会場探しには非常に苦労しました。アフリカの国やジャマイカ……いくつもの国に打診しましたが、最終的に許可が下りたのはハイチ共和国だけだった。極真会の支部があり、軍責任者や警察関係者に空手を教えていたので、そのルートでハイチ政府の許可を取り付けたんです。

二宮: トラを運ぶのも大変だったのでは?
康:   日本からパリ経由でハイチに入国してきました。当時アメリカではトラの入国が法律で禁止されているから、パリを経由して、24時間くらいかけて運んできたんです。朝の4時にハイチに到着したんですが、空港周辺には現地の住民たちが黒山のように群がっていましたね。24時間も移送されてきたから、トラは腹が減っているわけです。倉庫に移してまず水をやったら、アッという間にバケツ5杯くらい飲んでしまった。そして、フローズンのチキンも数十匹、ペロリと平らげてしまった。

二宮: その様子を見たら対戦したくなくなるでしょうね(笑)。
康:   山元と僕がすごく驚いたのは、水とチキンを食いつくしたトラが、狭い檻の中でクルッと尻尾と頭の向きを変えたんです。マジックかアクロバットかという身のこなしでした。想像を絶する柔軟性に、その場にいた皆も唖然としてしまった。

二宮: その場にいたらきっと衝撃的な光景なんでしょうね。



 日本国内で著名なスポーツライターである二宮氏が、かなりのキワ物的な興行師と一体何故こんなワクワクしながら対談しているのか?という構図や、昔の極真空手というのはマジにこれをプロモに繋げる気で引き受けたのかそれとも本気でやる気だったのかが判別しにくく突きぬけてる所と、虎はやっぱ危ないということばかりが印象に残るこの対談なんかを見ながら、「曙VSボビー」なんかは先述したようにこれが隔世遺伝した結果のように思ったりしたのであった。


 80年代あたりからの、こうしたプロモーション業に広告代理店が間に入って仕事するようになってきてからがこういう虚実があやふやで、底が見えていながら見えていないのかのハッキリしなささなんかが激減してくるとのことで、今現在からすればそれは胡散臭いことこの上なく存在が成立しにくそうである、なんて冷めた判断を越えて、「虚業家」という名称を代表に、三島由紀夫や澁澤龍彦といった文学者を起用した雑誌を作っていたり伝説の小説「家畜人ヤプー」の成立に関わっていたり、単なるフィクサーのみの意味に留まらないどっかしら文学的な気配があるのもそういう部分にまで足をのばしていたからか。話脱線してしまうかもだが、寺山修司氏や横尾忠則氏の気配とも近いなどと感じたのも、かの時代ゆえのものか。

 既に興行も見せ物もコンテンツビジネスだとか言われて幾数月。この虚業家の道程も既に化石には違いないが、興行というものがこうして生々しい手触りとして存在し、その系譜というのはどうあれ存在しているという事実を痛烈に確認させられる存在なのであった。

 最後に、菊地成孔氏の過去のエッセイにて締める。これが書かれたのも、もう12年前のことだが。

菊地成孔「マニュエラの穴 その6」より

 力道山というのは凄すぎてもう考える気も起こらないほどの人物だ。
 今、当時のフィルムを見ると、もう、大衆演劇の様に「やられた~あ。まいった~あ」と言って外人がひっくり返っている。それを朝日新聞を始め(試合結果がスポーツ欄に載っていたのです)ほぼ総ての国民が一時的とはいえ(いろいろあって、ある日から八百長。ということになったんですよ・・・・因みに敬語は、この独り言を何だか解らないままに読んでいる人々に対しての物です)真剣勝負だと信じたのだ。偽の日本人(朝鮮の人です)がする偽のスポーツ。だからこそ人々を熱狂させ、そしてある裂け目から一気にそれが偽物だという事が解った瞬間、一転してダーティーでまがまがしく、インチキなものとして忌み嫌われる転落劇。恋愛と同じだ。というには余りに雑すぎるけど結婚詐欺に近い。とは言っても良い程度のポジションの話。

 30年後に現在のK-1のマンガの様なノックアウトシーンを見て「うわあ猿芝居だ。30年前はこれをマジで見ていたんだなあ」なんて事には絶対に成らない。何故なら国民規模のコンセンサスで「あのノックアウトはどうあっても信じたい」という必要性なんかないからだ。演舞性も八百長も現在もっとずっと巧妙になった。みんな政治で使われる様なウソになったのだ。
 誰も現職の政治家なんて尊敬していないのに、ライフスタイルは真似たがる。なーんて、ボブ・ディランみたいな事いったりしてね(全然違う)

 もう国民全部を統一するコンセンサスなんてなくなっちゃったんだよ。あの頃みたいに(敗戦のトラウマ)。ということとも違う。人間は誰でもウソをつくけど、力道山がつくようにしてウソをつくやつと、石井館長や相撲協会(因みに、ボクシングに関しては周到に迂回して触れていませんが、ボクシングは別格なのです)の様にしてつく奴の違いがあるだけだ。
 そして現在は力道山型の派手で荒事の様な艶っぽい詐欺師が大々的に天下を取れる時代ではなくなった。という事だろう。

 その時代は二度と帰らないかといえば、どうも帰らないような気がする。例えばもう一回世界規模の国家間戦争をやって一回終われば帰ってくるか?と考えても、よく解らない。こんなことだから円盤が攻めてくれば良いのに。と思う奴が増える。ただ「詐欺師が天下を取る時代」という台詞はフォークの歌詞とかラッパーのライムとか、反社会を気取った芸術の世界ではとにかく良く聞く。今までそれらはみんな否定的な意味あいで使われていたけど、やっぱそれは間違っていて、今や「詐欺師が天下を取れない時代」と「否定的」に言う方がずっとリアルだということだけははっきりしている。
 少なくとも俺には。


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