オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


「賭博」という概念のないムエタイという出自に退行した、ウェブ線上の「K-1MAX」

Category: 「見立て」の格闘観戦記録   Tags: K-1  ムエタイ    サードワールド格闘技  
デジタルと洋画

 野杁選手が谷川プロデューサーに「天才」と解説で評されるほどに、タイの現地のムエタイ選手がデフォルトとしている表情に近づいていくように思えた。K-1甲子園を高校一年生にて制した彼が初めて、そして最後になるのかもわからないK-1MAXの本戦にて見せた姿は、日本のK-1、ひいてはキック史がベースに置きながら忘却しようとしているものが蘇ったかのように見えた。

<<K-1MAX63kg日本トーナメント 見立ての観戦記録>>



キックボクシング・元々は、日本ボクシング協会理事(当時)・野口修が、1960年代に興行目的でタイの国技ムエタイを日本に招致する興行プランを立案。「ムエタイ対空手」、「ムエタイ対ボクシング」の異種格闘技戦のアイデアを実現させるために、試合としてのルールを編成したものである。

興行が成功した結果、キックボクシングは「アジア地区で立ち技格闘技として最強と謳うムエタイに対抗し、日本が独自で開発した格闘技の一つ」とされている。初期のキックボクシングの試合に実際に出場していたのは、日本の空手家やボクサーたちで、彼らはタイに行ってムエタイを修行してきたわけではなかった。それゆえ、発足当時、ムエタイとキックボクシングの伝系のつながりは何ら存在しなかった。キックボクシングは、ただグローブ着用による拳足を用いた直接打撃制試合の形式を、ムエタイから借用してきただけである。




 ここ日本のプロ格闘技としてのキックボクシング~K-1へと繋がる系譜の底に、「ムエタイ」というのが大きく関与しているというのは今更だけど、これは日本のプロレスにとっての相撲や、MMAにとってのヴァーリ・トゥードやブラジリアン柔術といったプロ興行・競技の出自と現在の発展の関係と比較しても、その繋がりというのは、「K-1を異種格闘技戦の場として、この国のこの格闘技の出身である」という意味の「タイのムエタイ」のブアカーオを別として、ペトロシアンから佐藤嘉洋、そして数々の日本のキック選手まで、入場から試合開始までに装着しているあの尻尾の長い独特のヘッドバンドと腕章を付けた姿に、その歴史と出自の関係が見られるのだが、ある意味ではK-1はその発展において、ムエタイの持っている賭博であり、膠着や判定が恒常的で、Koなどが起これば「八百長ではないのか」などとさえ疑われるという、競技としての泥臭く血生臭いフォルムを、最初にそれを日本式に解釈し始めた日本のキックボクシングよりもさらに洗練させ、「賭博」という出自から遠ざかった地上波コンテンツとして広く拡大したもの、とも見える。


 実際、本尊のK-1ヘビー級ファイターとして代表的な選手たる、アンディ・フグからバンナ、ピーター・アーツらにはムエタイの影というのはほとんど感じず、これは元々のタイのムエタイにはヘビー級の伝統というものが少ないからか?などと、この辺はあんまり調べてないまま話を進めてるが、少なくとも例の頭にヘッドバンドと腕章、がK-1本戦にて見られるようになってきたもので印象深いのは、日本人選手の澤屋敷純一や京太郎などが台頭してきたころ、のように感じている。(この辺は自分の浅い観戦経験を軸にしていて、間違いあるかも。)

 K-1MAXという中量級の舞台になると、キングである魔裟斗をはじめ、「ムエタイという出自」を匂わせる頻度というのが激増してくるわけで、時たま他のK-1ファンブログ様などに食ってかかるらしい、「ムエタイと闘って見ろ」というタイプのファンが、K-1ヘビーではなくMAXに現れるというのは、そうしたこの日本の立ち技格闘技の出自と現在に関しての違和感が生んだものだろうと自分は思う。





 自分の目には、そんな「ムエタイという出自を思い知らされる」という意味でHIROYAと野杁の二人の対称が重要のように感じた。

 まずHIROYAは、これは大和選手にハナから3Rのフォルムとテンションで向かえば勝てたかもわからんな、という、ボクシングのフォームと出入りの早さという、アブラハム・ロクエニ的な次代のK-1のトレンドとしての、中間距離を測っての攻防の選択みたいな形でなく、相手の距離に付き合わずに出入りを主にした、ボクシング技術とキックの技術の攻防の融合という方向に行こうとしているように見えて、やはり魔裟斗の後継者というのはファンの間では死語になっていようと本人が一番自覚してやってやろうとしているのように見えた。今なら才賀紀左衛門との再戦はあ(りだろう。とFEGの現状言いにくいのが辛い)。

 しかし、やっぱびっくりしたのは野杁選手で、この選手の光景がK-1MAX、ひいては日本立ち技プロ格闘技史のパンドラの箱を開けはなってしまった、とか思った。

 というのも、このK-1甲子園というのが高校生から有能なスターを作っていくというシステムながら、こうして台頭してきた野杁選手と、そしてUST・ニコニコ動画によって運ばれる試合が生みだす光景がとんでもない恐ろしい結果になったからだ。

 梶原選手は、狂拳竹内選手のようにもう踏み込んで行くべきだった。ペトロシアンVSザンビディス、ベノーイVSヘルナンデスなどを見ても、やはり野杁選手のスタイルを撃破するにはキックの距離で攻防を選択するというよりかは、踏み込んで距離を潰して押していって捉えないと絶対にペースを握られてしまうと思われる。

 だが、18歳という年齢・早くも相手を完封してしまうスタイル・しかし1月前には衝撃的なKo敗戦という身体のへの不安・そして野犬のような顔立ちという野杁選手は、日本の立ち技の期待の星というよりかはこれは貧困層が若くから食べるために始め、選手が壊れてしまうのも当たり前にあるというムエタイの光景もしくはイメージの条件を全て飲み込んだ、日本でもっとも「ムエタイ」というものを和製化した最大の結果、というように見え、それが完全にK-1が封殺しかけていた出自を隔世遺伝させてしまったように思った。これは実際タイに修行に言っていたはずのHIROYAからは出始めた初期から現在までまったくムエタイを感じないのと対照的だ、と自分は感じた。

 「ムエタイの光景」という錯覚は、それは野杁選手らを放映するUST・ニコニコ動画にてさらに増幅された。「賭博」であるムエタイは、試合の流れの中でレートが連動し、金を賭けている観客は怒号のようにして試合をなじるなり毒づくかのようにして観戦していると伝え聞くが、実際にムエタイの光景を見たことの無い自分には動画のコメントにてファン同士で毒づき合い、試合をなじりあいながら、観客をなじりながら進む興行を前に、ムエタイの光景そのものが和製化されて実現してしまっているように思えた。ただ一つ、「博打」を元になじりあい毒づきあっているのではない点の違いを除けば。

 トーナメント全試合判定という光景とこうした血生臭く泥臭い感情を振りまいたファンたちの光景を含めて、奇怪なことにKrushより遥かに原始的な光景が、FEGという大元が傾くことによって日本立ち技史の微妙なポイントにあった「ムエタイ」の血生臭く泥臭い光景を日本のウェブ線上にて完全に再現してしまった、とも見える。そしてこの出自の一つを目の当たりにさせられるに、「日本格闘技のサードワールド化」という現実をまた一つ思い知らされるのであった。
 

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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

Comments

今回も面白い記事ですね。
僕は今1番好きなブログかも。。。
Re: D様
ありがとうございます!2011年の上半期の総括なども行ったんで是非ご覧になってみてください。けっこう長文になってしまいましたが(笑)

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