オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


OUSHU FIGHT:「MMAで最も記憶に残る25人の選手」ベスト10編【意外に盤石か】

Category: 隙間産業的海外情報   Tags: MMA  歴史  OMASUKI・FIGHT様ごめんなさい  
グラスホッパーとジャズミュージシャン


 ソレにどれをつけそれにアレを伸ばし、ゴングの金沢をハァハァしる、プロレスもボクシングも骨法も金取って人に見せる興行の格闘技ならばどれもある部分では同じと思う隙間産業ズ・ダイジェスト!




・・・などという、格闘技情報の翻訳においての最大の良心であるサイト様のパロディはともかく、前回フレッド・エティッシュが印象に残っているだろう「MMAで最も記憶に残る25人の選手」のベスト10編。アメリカMMA史の1位はあの男だ!


「前回の25~11位まではこちら」

翻訳と突っ込み・socks.base.887

「第10位 ブロック・レスナー」 

  レスナーはいつも「リアルファイトの場で腕試しをするプロレスラー」になる。彼はそのような肩書きに相応しいだろうか?いや、私はそうは思わない。ブロックのMMAのキャリアわずか4戦目にてこのスポーツで最も求められる栄光、UFCヘビー級のタイトルを獲得するために、最も愛されたチャンピオンであるランディ・クートゥアを撃破した。彼はその後2回タイトルを防衛した。レスナーは一言で言えば、現在のヘビー級のチャンピオンであるケイン・ヴェラスケスに敗れるまでは誰にも止めることのできないマシンのように見えた。  憩室炎との継続的な闘いは、レスナーのキャリアに大きな疑問符を付け、それは悲しいことに、彼のキャリアのほとんどの部分として記憶される可能性がある。


>日本とアメリカに関してのプロレスと格闘技の繋がり方はUWFなどの歴史をはじめ全く別であるし、実は本質的なレスラーの実力や技術の面で「アメリカのプロレスは全部ショー」みたいな見方を覆す、レスナーはそもそものカレッジ・レスリングという土壌(これは今日のアメリカMMAでの有力な新人が輩出される土壌でもあるけれど)のトップであった、ということは無視できないことと思う。これは日本で言うところの柔道界というのがプロとの境界が薄くなった場合、とも見えると言うか。

「第9位 ヴァンダレイ・シウバ」 

このリストの中で、その制御不能のバイオレンスのパッションは常に脳裏に焼き付けられているだろう男だ。 「ジ・アックス・マーダラー」(斧の如き殺人者)は日本での闘いで、PRIDEミドル級を通して調整試合を挟まない、印象深い18試合を続けて、大勢のファンを開拓した。彼の踏みつけとサッカーボールキックは伝説的な武器であり、彼の残した圧倒的な月日の中で、今は年老いたファイターであるけれども、未だファンにスリリングなバイオレンスを見せつけている。史上最高のライトヘビー級の候補として、誰もがすぐにシウバを忘却することはない。


>僕にはなんとなく今のシウバは変な意味かもしれないが全日本プロレスの四天王だった小橋の過去と現在、を思い起こさせもして、強烈な凄みを持っているエンターテイナーが年老い始める悲しみと色気、なんてことを、この前のリーベン戦で思いもした。哀しみという点をジャンクションにしてそう思うのかもしれない。
 
「第8位 ティト・オーティズ」 

 ティトは本当にメインストリームにてこのスポーツを支えたという大きな名誉にふさわしい。彼の度を越えたディスりと試合後のメッセージ入りのTシャツは伝説となるが、そんな業の獣は巡り巡ってティトのケツに噛み付くことになる。  5年間近く勝利から見放されたティトは燻ぶった、光を失いつつあるスターだ。キャリア初期の「ハンティントン・ビーチ・バッド・ボーイ」はとうにいなくなっており、オーティズは、本当にこの頃の空想のゴミみたいなものを吐き出す根拠が無くなっていた。現在、ティトは人間言いわけ番町ファクトリーと化し、新人選手が上昇していくための踏み台へと落ちぶれた。残念ながら彼は、それらすべてに関して記憶されることだろう。




>ティトは中学生の時に知り合いだった野本君によく似ている。野本君は教師を流血させて笑う怖い人間だったが、妙な人懐っこさもあって意外に慕う人も多かったと思う。僕は墓掘りしている時のティトをみて痛烈に昔のことを思い出した。野本君は中3で給食にあの袋入りのうどんに変わって秋になったあたりで失踪したのだ。亡くなった、と知ったのは高校の時に帰りのコンビニで同級性

 しかしこの話は全て嘘で、野本君なんてものは存在しない。だが人間の経験則から言ってこうしたある部分のリアリティを創出させる部分に僕自身の体験が存在していることは疑いようも無く、ある意味では野本君(という想像に至らせる何らかの体験、共感性)というものは実在するといってもいいわけだ。ティトというのはつまりそのファイターとしてのあり方が観る者の記憶から引き出す部分にそういう部分に寄っている。

「第7位 マット・ヒューズ」 

 

 ジョルジュ・サン・ピエール以前に、マット・ヒューズはこのスポーツが見ていた最もウェルター級で支配的なチャンピオンだった。長い間、彼のレスリングはほとんど無敵で、繰り出されるパウンドは170ポンドで闘うあらゆる選手にとって最も恐れられる障害の一つだった。B・JペンとGSPからの途方も無い勝利は、この田舎の少年の評価を高いものとしたが、この頃のヒューズはspike社の「The Ultimate Fighter」(気味悪いくらい独りよがりな書籍)の出し惜しみした暴露による、現チャンピオンのパフォーマンスとしてGSPを過小評価するコツは少なからず受け入れられている。時にはとんでもないキャリアの急落も、全てはそんなところにある。


「第6位 チャック・リデル」 

 ヴァンダレイ・シウバが日本のライトヘビー級を破壊する間、リデルはアメリカにてせわしなく同様の成果を上げていた。スプロール&ブロールスタイル(※)のパイオニアであり、リデルはケージに登るためにほとんどの相手をノックアウトすることで有名になった。親しみやすい性格はモヒカンのスラッガーのバッドボーイのルックスと両立しないようだけれど、逆に、リデルの魅力はこのスポーツが今まで見ている最も有名な顔の一つへと彼を押し上げていった。

(※テイクダウンをガブって防御して優位な体制にしたり、打撃と織り交ぜてタックルを仕掛けるという、組みの攻防を意識した立ち技を優先とした、特にUFCの基準で有効だろうスタイル。動画参照


>ヒューズとリデルは注意深く見なおしていけば、現代のアメリカMMAにおいての必勝メソッドが醸成されてきた歴史でもあるのだろうか?なんて思った。例の横四方から片腕を腹固めの形で固定した「マットヒューズ・ポジション」など、や、記事にもあるスプロール&ブロウルという戦法(このスタイルは日本では高谷選手がもっとも体現していると思う)など、蔑視の呼称に「ボクリング」なんてお粗末なものもあるけれど、再評価するにはちょうどいいのかもしれない。
 
「第5位 エメリヤーエンコ・ヒョードル」 

 このスポーツの中で最も偉大なヘビー級と広く考えられており、ヒョードルは丸10年闘っているまでに、彼は正当な敗戦をしていなかった。力量や訓練の関係なく、ヒョードルは最大の野党(※2)であるPRIDEに毎年出場しなければならなかった境遇にあり、ノゲイラ、ミルコ、コールマン、シュルト(それ以降の彼のキャリアの中で)シルビア、そしてアルロフスキーらに同じような連勝を重ねた後、ヒョードルサイドの貴重なストックに対する疑問の正当化を幾ばくか感じさせた。  ごく最近になってヒョードルは時節に影響を受けてか試合に登場しているが、現在ではそれは問題ではない。この10年間ヒョードルはこのスポーツが目撃してきた偉大なヘビー級チャンピオンであって、誰もその歴史書を書きかえることは無い。

(※2 アメリカUFC側からするとこういう認識なんだろう。そういえばヒョードルの獲得に執着していたのを思い出す。ってか、翻訳ミスかも・笑)



>記事としてはすでにレジェンドとしてのリスペクトとこの企画らしいシニカルがハーフになっている評価だけれど、アメリカMMA史観からするとやはりUFCが決着を付けときたかったか?というのはあると思う。ボクシングにおける「正当たる王者の歴史は、本当に強いとされる男を倒す男こそが相応しい。」という認定団体乱立時代に対しての見方じゃないが、やはりダナとしての本当に最強とされている男を破らせることでUFCが正史であることを証明しようとしたい、みたいな部分はあったろう。ここまではありふれた話だが、仮にヒョードルがUFCにてヴェラスケスなりドスサントスなり、あるいはジョーンズなりに敗れるなどしたとしたら、日本側も実はMMAという歴史の移行もほんの少しはやりやすくなっただろうか・・・・?


「第4位 ランディ・クートゥア」 

  ブライアン・スタン以前に、ランディ・クートゥアはこのスポーツが導かなければならなかった唯一の、真のアメリカン・ヒーローだった。クートゥアは二つの階級でタイトルを獲得し、生きてはいない男から遠ざかり、彼自身は常にケージの内でも外でも見事な行いをしてきた。ランディはこのスポーツが目撃してきた最高級のアメリカの選手として記憶されることは無いだろうが、彼は歴史の中で最も持続性の高いファイターとして記憶されるだろう。覚えておくといい。ランディは依然として46歳という信じられない年齢の時に質の高い勝利を刻むことができた。それが記憶に残らないならば、私は何が記憶に残るものであるのか知らない。



>ランディのアンディスピューテッドなキャリアに対し、しばし僕が感じるのは以前の青木真也選手だったかのインタビューにあった「これから競技者の寿命が伸びていく」という一節を思い出し、そして実際に現在のダン・ヘンダーソンを想起させられた事であるが、クートゥアへの惜しみない賛辞の数々の底には、アメリカ人の心の奥に無意識的に存在するだろう、ジョン・ウェインを持ち出すまでも無くアメリカ的な強く、孤独さも感じさせる父親像というものに遺憾なくフィットしているのもあるかもしれないな、なんて僕は思う。タレントというのはある意味で見る側の無意識的な共感を凝縮させた生身の存在だ。そうした古くからのアメリカン・ヒーローの条件が揃っているのだろう。

 ついでだが、ブライアン・スタンのアメリカン・ヒーロー性なんて聞くと、トップガンのトム・クルーズを思い出した。その心は、ベトナム戦争時代を過ぎてハリウッドが復権してきたころの、「プラトーン」や「ディア・ハンター」、「地獄の黙示録」などかの戦争の悲惨さから一転、明るく強いアメリカとしてのポップな軍事アクションのヒーロー物語。スタンはイラク戦争にて、隊の副隊長として危機的な状況から42人の隊員全てを生還させたことによって、勲章(シルバースター)を授与されている。

「第3位 ジョルジュ・サン・ピエール」 

 GSPは、ケージの中で彼の向かい側に立っている全ての敵の首を刈ることによって彼のキャリアが始まった。ジェイ・ヒエロン、ショーン・シャーク、マット・ヒューズらの時の試合。GSPは正真正銘の破壊者だった。ベルトに向かって闘い、そして暴力的にまでに遭遇したすべての相手をバラバラにし、マット・セラ戦での呆然とする敗北まで走り、それが行われたUFC69にて混乱し、失神した。GSPはトップ・フォームに実際に戻ってきて、セラを一方的に打ちのめしてリベンジを果たすが、その試合以来の彼は煮え切らない試合となっている。9つの勝利は、セラからの1敗によって追いやられ、GSPはその敗戦以降は3人の相手だけを最後まで仕留めることができた。当のマット・セラ、、マット・ヒューズ、そしてB・Jペン。  それらに関係なく、このカナダ人の優位性は否定できないが、彼はUFC69での宿命的な出会い以来、わずかにラウンドを落としたことから、彼は既にウェルター級最大のコンペテイターについての歴史書のニッチな部門を開拓しているのだった。

 
「第2位 アンデウソン・シウバ」

 皆様はアンデウソン・シウバより精微な技術を持っているファイターを見つけられないだろう。彼の打撃の洗練は事実上打ちあっても誰も相手にならず、サブミッション・ゲームは圧倒的に他を凌駕し、そして彼のレスリング(とはいえ主にディフェンス技術として使われる)は彼の攻撃の危険な要素だ。かのブラジリアン・センセーションは5年以上敗北しておらず、さらに驚くべきはUFCのレコードで、このプロモーションで13連勝を叩きだしたことにあり、しかもミドル級の王冠を驚異的なことに8度も守りながらのものだ。  私は皆様にアンデウソンが対戦相手を処分するために使う型破りなテクニックついての本を書くことができる。だがしかし、皆様はそれを読むよりも自分で試合を見ることを楽しみながら、それを見つけられるだろう。




>GSPがけっこうネタっぽいのはともかく、やはり現代MMAの前線の意味としてこの二人が目立つのだろう。僕にはGSPとアンデウソン、そして代表のダナ・ホワイトという構図は、昭和新日本で言うところの長州・藤波と猪木の関係を英語翻訳して刻んだピクルスとマスタード、ケチャップで味付けしてバンズに挟み込んだものみたいに見える。

 GSP対アンデウソンというのは実現されれば飛ぶようにPPV・ゲート収入を得ることができるだろうし、動員記録や契約記録などを更新する可能性も無くは無いと思うが、それをやってしまうとUFCというコンテンツが頂点に来て、何かが終わってしまう境目となる可能性もある。パウンドフォーパウンドの最強を決める闘いとして、アメリカのあらゆる対立項の決戦として、望まれながらも、逆にズッファが実現させないようにする道を選んだとしたらそれも凄まじいことなのだが。)

 
「第1位 ホイス・グレイシー」 

 

 ホイス・グレイシー(および、グレイシー一族)がいなければ、このスポーツは今日でも存在していなかった可能性がある。虚弱な、175ポンドのグレイシーがオクタゴンに入場した1993年11月12日、それはファイト・ゲームを永遠に変えてしまい、グレイシー柔術と呼ばれるユニークな格闘技のブランドを世界に披露した。  ホイスのデビュー前には、最初のUFCの闘いは荒々しい投げやパンチ、おまけに時折大振りのキックも放つという以外のなんでもないもので構成されているという一般的な(無知から来る)確信があった。この驚くべきブラジル人は、私たちにそんな荒々しい全ての手足を操作することが出来ることを教え、そして空気の供給をカット・オフにした。それは彼が後ろからならば一人の男の破壊的なパンチも問題ではない。そうしたレッスンによって、ホイスの事を学んだ。私たちはそれらに万感の感謝を!






>やはりMMA史をクリアーに見つめた場合、正しい選択になるだろう。と思うと同時に僕はかの国というのは無残にもコンテンツを占領しながら歴史には敬意を払おうとする態度があることになんとも言えない気持ちになり(「歴史を編む」という行為自体が、占領と支配による側面があるにせよ)、WWEでも時代の中で潰れたマイナー団体だったECWというハードコアマッチ主流の団体を復活させるなどのやりかたなんかも思い出しもした。現在でもたびたびグレイシーがオクタゴンに上げられ、そこに歴史というもののコントラストも明示させる。

 そして、そのことが実は「グレイシーのプロモのための見せ物興行であったUFC」が限りなく競技化されたコンテンツとして脱却するための最良の方法でもあったように思う。もう、日本でも「プロレス・格闘技」をハッキリ分けるべき、というのは言われるが、拒否や蔑視ではなく、全てのプロレスというか歴史として評価しましょうよ、というのが僕の考えだ。

 こうして考えてみて、「歴史」として評価し、敬意を払うことで曖昧だった区分やそんな時代に区切りをつける、という効果をわかっていたのでは?なんて思うのはやはり石井館長だったのかな、なんて思う。第一回ダイナマイトで猪木がパラシュートで降りてきて、ターザン山本までが登場する。あれはある意味では敬意を払いながら「お前らの役割は終わっている」という当時の館長の最後通告、なんて穿った見方もある。現代のUFCの中でのグレイシーの試合の結果のように、歴史に敬意を払うことこそが、過去から手を切る最良の方法だろう。プロレスを否定すればするほど逆に終わらないのではないか?なんて思う。

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