オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


格闘技純文学的光景日本ボクシング王者防衛戦

Category: P・M・BOXING   Tags: 純格闘技  純文学    
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 井岡VSエルナンデスの後楽園での防衛戦の光景。これはもうオレがWOWOWなどでパッキャオをはじめとする世界のボクシングの奔流を見るようになっていったせいもあるが、今更言うことでもないのは承知ながら鎖国的で、競技に掛けられているフックがいまだ「日本人が世界を取る、日本人が外国人を倒して得るプライドみたいな戦後的光景」にあり、それが最も地上波ゴールデンにて放映される。みたいな。

 この日本の全格闘技中「プロ」「競技性」「権威」「伝統」「世界」なんかのパラメーターのバランスから言ってこうした日本ボクシングの光景は現在の純文学に触れるときみたいな感覚に近い。この現代に置いてさえ、変わり得ていないそんなフックとしている部分。今年上半期に芥川賞は「受賞者なし」になったという。


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 ヘルナンデスのステップを生かした出入りは試合始まった直後に「おいおいコイツはけっこうな実力者じゃねえの」と感じさせ、それを見切って、相手の距離にさせないようカウンターを狙うかジャブを出して攻めさせないか、後半からは隙を見て踏みこんでストレートを打つ井岡という試合が後楽園という場で、午後9時台のTBSにて放映されている光景は、両者ともにステップを多用した基礎力の高さを味わえる試合と言え、それは格闘技界においての良質な純文学的光景だと思った。

 ステップ主体でリング全体を生かした両者の試合はオレ好みで感動すると共に、とっくに液晶でアナログ電波なんて終了しデジタル放送になっているはずのテレビであるにかかわらずそれは一瞬モノクロでモノラル音声時代のテレビのボクシングに錯覚すらし、日本のボクシングの王座戦というのはかくもプロ興行格闘技全体からすると芥川賞的なんて感じてしまう。その伝統・権威などなどの世間のコンセンサスの質などが。(じゃあプロ格闘技で何が直木賞的でなにが星雲賞的でなにが「このミステリーはすごい!」的でなにがラノベ的なのか?とか書きだすとキリないが)

 こんなこと井岡選手の防衛戦に思っちゃうのもそうした日本ボクシングの光景に対しての逆接か順接かの亀田三兄弟ドラマと長谷川・西岡・粟生の「the real」路線の時代というのがちょっと区切りついた感が今あるせいなのかも知れないし、WOWOWで世界のボクシングの動向をザックリ見ていき、様々な魅力的な選手を見るようになったせいもあんのかもしれない。


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 結局ボクシングこそが様々なプロ格闘技中ベルトを掛けたチャンピオンシップの重さが最上級に位置していて、それは認定団体などの環境からラウンドマスト、12Rの長期戦とそこに掛けられる戦略、MMAでもK-1でも今や最重要な技術となっている競技力の地層などなど、どれだけ認定団体の分裂などによって権威が現代になって低下し、クリチコ時代の「世界最強」という意味の無味乾燥さなどなどがあろうと、ボクシングというのが何らかの権威や伝統、ルールなどを元にプロ格闘技中最も高級なものである、みたいな認識っての醸成されているものだよなあなんて思っている。

 現代の日本の純文学、もしくは純文学賞的なんて感じるのはそのあたりの、伝統や権威、高級感、それらをフックとした商売(本屋の店員さんは芥川賞の発表と同時に受賞作を発注するので発表まで書店に張っているらしいとかなんとか。)って鈍い符号が関係しており、賞や王者を取り巻く世間的にアプローチするポテンシャルはとっくに意味を為さなくなってるけど意外に崩れずに21世紀だろうと続いている感じなどなど、一度構成された権威というのは奥にある意味が腐敗しようと続くものだよなあとは思う。


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 でもってボクシングが日本国内にて意味の腐敗した高級な純文学を越えて、現在の問題と闘うという大衆娯楽的なポイントに寄った場合ど~なるのかあ?という案をここんとこの日本ボクシングと世界ボクシングの動向を見つつ考えてみた。

①日本対韓国戦をやる。(亀田三兄弟らあたりが主催で)


 単純にもう亀田などは日本国内でつまらない王座戦をやるよりかは、もう王者の権威的な部分よりその選手自体が際立っているのだし、オレは日本ボクシングではあんま見られないこの構図の興行をやらねえかな~とか思っている。(そんなもんありえねえだろボクシング「業界」(カッコでくくらせて頂きました)どんだけ知らねえんだよというのは無視して)

 格闘技においては野球やサッカーの織りなす国際的でフラットな意味を残すスポーツによる日本VS韓国戦と違い、実はこの両国の関係においてもう少し根の深い所に接触していける可能性がある。(桜庭VS秋山、三崎VS秋山、など。時期を完全に逃したんだが下田VS李なども、格闘技における日韓戦の微妙なポイントを突く部分を試合内容や背景共に感じさせました)あと、いままさにフジテレビ発の逆韓流時代である現在にTBSサイドがそーいうことするみたいなヤな感じ、韓国を迎え撃つのが亀田兄弟みたいな構図で、大会が実現する亀田が韓国に勝利するストーリーがコンテンツ的には望まれることの微妙さなどなど、こういう妄想連ねているだけで格闘技における日韓戦というのが他スポーツ以上に様々なテーマを含む可能性がある。とか感じる。

②ファンマやガンボアのような外国人を招聘した興行をやるなりして、世界ボクシングの奔流と日本ボクシングの奔流を繋げる

 格闘技純文学たる日本ボクシングを地上波で見ていてほんっとに思うのは、マジでここでの外国人って王者にしろ挑戦者にしろ極端な話「日本人の前に立ちはだかる打倒すべき権威、敵」という記号止まりで、マジでマイク・タイソンとかそーいう超別格ケースにならないと日本のリングに上がる外国人自体の個性や人格っての興行や番組の中で見えないじゃねえかとしょっちゅう思っていた。(そしてそれこそが鎖国的で純文学的で現在では意味が失われてるだろう部分だ)

 日本人の求道的な外国人を倒し王者という権威を得る物語より、外国人主体でボクシングという競技自体の凄みを見せる路線を日本でもやってくれみたいなのは何も昨日今日に言われている話ではなくコアなボクシングファンならたびたび口に出されていると思われ、ファン・マヌエル・ロペスやユルオルキス・ガンボア、そしてノニト・ドネアなどなど、興行としてのプロ格闘技ならいつだって求められている身体能力の高さによる踏みこみの早さでのパンチや、あるいはステップからのカウンターでKOを狙っていく能力のある彼らは軽量級だろうがその凄みを未見の人間だろう納得させられるもんがあると思うが。

 有力外国人同士の闘いだけの興行というのはそりゃ無理あるにしても、せめて世界ボクシングの動向をフォーカスしていくことはできんだろうか?(※)あの長谷川を破ったモンティエルとドネアの壮絶な一戦、「The Real」を名乗るならそれを亀田の当てつけだけにする貧乏なことせずに長谷川・西岡・粟生らが闘っていく可能性のある有力で魅力ある外国人や、明け渡したベルトとその後の動向を軽くでも示すように番組中にモンティエルVSドネアのダイジェストを流すとかできんもんだろうか。



 しかしこーいうことを考えてくと日本ボクシングの高級な鎖国に対してK-1・MMAなどの新興格闘技がカウンターとしてたところに、完全じゃないにしろとりあえずは世界の格闘技の動向と日本を合わせる部分は大きかったし、魅力ある外国人選手たちの興行を日本でやってた、って今更すげえことをやっていたことは評価すべき部分ではあるなあ、と、立ち技界にしろMMA界にしろ平林たい子賞化していってる中で思うのであった。

(※ ボクシングの会場観戦はまだやったことがなく、パンフなどのレベルで世界の団体と階級の動向を記載したページやコラムなどがあるのかもしれないし、この辺は分かってなくて申し訳なし)

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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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