オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


2011年・会場名「MMA」にて披露された日本・ブラジル間の格闘技・スポーツ・武道の現在

Category: 「見立て」の格闘観戦記録   Tags: 岡見勇信  UFC  アンデウソン・シウバ  転移する武道  転移するスポーツ    
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<<アンデウソン・シウバVS岡見勇信 見立ての格闘観戦記録>>


「PYG 花・太陽・雨」


 ノゲイラがブレンダン・シャウブにKo勝利したという展開を見ながら、あらためて全ての格闘技の攻撃の技術みたいなわかりやすいとこでなく防御技術の面の洗練が進むことによって、この試合に限らずUFCの試合は平均して組み技・グラウンドの防御技術を一通り習得していること前提の距離の取り方・スタンスの取り方による、ボクシングをはじめとした打撃戦というのが基調となっているように見える。ド素人ながら現バンダム級王者・ドミニク・クルーズなどは特に今日のMMAを高い身体能力と防御技術で成立させている代表的な選手のように思う。


 自分はここにもう様々な格闘技が引用・複合され、格闘技のバックグラウンドや人間力の差異を競い、そこからドラマを発生させる「総合格闘技」でなく、MMA、「ミックスド・マーシャル・アーツ」という名称を直訳した通りの「混合格闘技」という方がしっくりくるな、と今回のノゲイラと、前回SFでのヒョードルを比べながら改めて思わされる。ボクシングの打撃からのフェイントなどからスウェイやウィーピングなどの回避技術からレスリングのタックルなどに混合される瞬間。レスリングの首を抱え込んで相手の体を操作していくような動きから、柔術のさらに相手の体を制していくポジショニングに混合されていく瞬間。
 MMAとは、「喧嘩」とか「殺し合い」みたいな見せ物の出自ながら、ある格闘技とある格闘技との差異を競うものでなく、ある格闘技とある格闘技が混合し、洗練し、水平化することで差異を無くしていくという性質が、歴史を重ねていくにつれ増していっているように見え、一方では新興格闘技史上の特筆すべき(K-1・PRIDEなど新興格闘技のマニアにとっては待望すべき)スポーツに限りなく近づきつつあるとてつもない状態に見え、一方ではドラマツルギーの無い世界、にも見えるというか。そのあたりのことを強く思わされたのがGSPだった。

 現代MMAの生み出す洗練と水平化に寄る光景は、良い意味で見たらこれは本当にUFCサイドによってここ20年以内に現れた新興格闘技の中で、遂にMMAは興行力・競技力の高い水準によって、アメリカ大手TV局FOXと契約し、どんどん社会性を得ていこうとしており、今後もニューヨークでのMMA解禁、さらにオリンピックでの正式種目への採用などなどの段階に向かおうとしているのを見るに、ショーからボクシングにかなりのところにまで隣接していくだけでなく、新興格闘技の主催者が発言する「ライバルは野球、サッカー」みたいな認知されてる一般スポーツのレベルにまで踏みこんでいっているように思う。

 上手く書けんし、外れる可能性めっちゃ高い気もするし、厳密に見てしまえばそれは建前で終わるし問題のある見方になるに決まってることがこっから続くが、国際的にアマ・プロのヒエラルヒー的にも権威的にも興行的にも技術的にも競技人口的にも認知されている「スポーツ」の属性として、例えばサッカー、例えばテニスなどのスポーツは基本的に人種・民族的な差異や思想・宗教的な差異、(場合によっては何のバックグラウンドを持った者同士の異業種との対決、異種格闘技戦・笑)などなどをフックとして、興行を行い、試合をしているなんていうことはあるわけなく(頭超悪い例えで北朝鮮との関係うんぬん、現在のリビア情勢が反映したサッカーとかテニスとか(笑)ちょっと見たいが、いまあれだけフジテレビ発韓国騒動みたいなバカげたことある中でサッカー日本VS韓国があってもその背景なんか何も関係ない(笑)関係づけてたらバカそのものだろう)、スポーツとは厳然としたルールによって純粋な技術や身体性を競わせていくことによって、人種・民族・宗教・思想・国家的な差異を越えていくという性質はあるだろう。


 現在のMMAが到達している領域というのは競技が洗練されることでスポーツ化しているとは誰もが思っていることだろうが、特に初期の「あらゆる格闘技の差異を競わせる」ではなく、「あらゆる格闘技が混合していき、洗練されていく」ことによる、差異を消していくことによって進歩していくという性質によって、現在のような段階にまで到達したことが大きいと考え、各国で開催されるUFCの観客がサッカーのよう、みたいなのはこういう面もあるのではないか?みたいなこじつけっぽいことを考える。

 「異種格闘技戦」「ワンデーまたは60億分の1トーナメント」みたいなレベルを越えてしまっていることが現在のUFCの凄まじい所で、そして「新興格闘技がスポーツになっていってしまうことのジレンマ」って意味でキツいところではある。

 がしかし、そこまでの段階にあるUFCの中で、アンデウソン・シウバの異常さというのは、(皮肉にも、哀しいことに)差異なき現代MMAのトップコンテンダーである岡見勇信によって際立たされることになるのであった・・・・・・・



<<ここでインターミッション>>
「次回予告・IGF真の主催者は誰なのか?・あらゆる差異が乱立するテクスチャープロレス格闘技大会!」



 試合前の見立てで「日本対ブラジルという格闘技史の因果による岡見の転覆劇に賭ける」としたけど、生放送でのアンデウソンと岡見の試合前の記者会見・公開計量・そして本番に至るまでの両者の対照を前に、本気なのか態度を掠め取っているだけなのかわかんないアンデウソンのおじきのような動作、そして実際の試合での完全に見切った態度。圧倒的な勝利。ベルトを持っての土下座。この映像がもう何と言うか、日本-ブラジル間によって醸成された武道の歴史というのが今アンデウソンに隔世遺伝してることが証明されてるかに見えた。

 UFCの原初の経験として「全く強そうに見えないブラジル人が柔術とかいう日本発の武道を使って相手を倒していってしまうみたいな神秘性」というものをホイス・グレイシーがもたらしたのだが、現在進行形のUFCにて、差異が消失し、そこから起こるドラマをフックとすることに頼らず、真にスポーツに近づいていっているMMAの中で、そうした原初のショックを運んできているかに見える。(チェール・ソネン戦など、ホイスVSスバーン戦的なショックを現代に再生させた試合とも見えるし)

 もうこれは本当に謎で、一体どこでアンデウソンがここまでのスタイルを手に入れるに至ったのかがわからない。どこで現在のスタイルを維持する精神に辿りついたのか、何がきっかけになったのかも不明。(ノゲイラと合流したことだろうか)ただ一つ、アンデウソンの存在一つによってMMAを構成している歴史や、スポーツ・武道などなどの相克する要素だとかに関して思いを馳せられたのは確かだ。

 こうしてズッファの見事までの予定通りに、MMA原初の地ブラジルでの興行を成功させ、今後のFOX時代に繋いだ形に見えた。岡見勇信は日本人で誰よりもスポーツとしてのMMAでの強さを発揮している選手で、もしもミドル級にいるのがフランクエドガーとかドミニク・クルーズのようなスタイルだったなら。なんて無意味な事さえ思ってしまう、アンデウソンのコンテクストに圧倒される他なかったのだった。
 

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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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