オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


IGF真の主催者は誰なのか?・あらゆる差異が乱立するテクスチャープロレス格闘技大会

Category: プロレスの生む物語   Tags: IGF  ミラン・クンデラ  ジャン・リュック・ゴダール  クエンティン・タランティーノ  コーネリアス  スクエアプッシャー  須田剛一  ロックスターゲームス  
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 UFCが到達させつつある、あらゆる格闘技の差異を技術的な融合・混合という洗練によって無くしていくMMAの光景は、興行格闘技史上もっとも「スポーツ」という、人種・民族・思想・宗教からジャンル自体がもつ効用にまで近似していくことによって確実にグレードを上げていると思う。コアなファンが願う「新興格闘技のスポーツ化」ということの、一つのある答えに辿りつきつつあるというか。。(そして、世界の立ち技は上位コンテンダーの試合の質がかなり美的な構造になろうと、スポーツ化という点で競技人口や興行力などなどMMAに3馬身差つけられているかに見える。)

 しかし、極北に行こうとするそんなMMAを見る一方にて、格闘技の性質として、様々な武道の目的である「異なるものを制する」ことだとか、少し昔の「異種格闘技戦」「ヴァーリトゥード」みたいな様々な格闘技や人間の差異との闘いによるドラマの喚起能力ということがあると思われ、それこそが格闘技が「スポーツ」の盲点を突く点であり、「スポーツ」を越える点で、「スポーツ」になり切れないボンクラなB級ジャンルに甘んじる点であった、とも考える。

 そういうことを思いながら見たIGFは、もうビックリするくらいのあらゆる差異の乱立ぶり。かつて「プロレスは総合格闘技の要素がある」という、混合格闘技(MMA)ではないタペストリーによる、もうひとつの興行格闘技の極北から、このジャンルのひとつの真実をみた思いになったのだった・・・ということで<<IGF 見立ての格闘観戦記録>>




「クイーン・ボヘミアン・ラプソディ」



 

 誰が言ったか「プロレスは総合格闘技で、あらゆる格闘技の要素が乗る」という。興行の中で様々な格闘技を乱立させるという時代があったとのことだ。

 松井大二郎と、UWFスネークピットで鍛えられている高校生・定アキラとの闘いは、宮戸優光氏がレフェリーを務め、この試合を見守っているというのを見る限り、これはUインターの再生か?と思わされながら、同じく宮戸氏プロデュースと思われ同じくUWFスネークピットである鈴木秀樹VSハリー・スミスという、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンという言葉を実行に移すかのような取っ組み合いからビル・ロビンソン仕込みのダブルアームスープレックス一発で勝負が決まるという、宮戸氏の思想の底にある大昔の強いプロレスの光景の実現のような試合がある。(生粋のUインター者である「腕ひしぎ逆ブログ」様はこの試合をどう感じられるのだろうか?)

 かと思いきや、ほとんど技術の無い高校教員免許を持つキックボクシングの日本人ヘビー級の試合がグダグダに展開され、階級を落としたらいいのになあと余計な心配をさせる間もなく、タカ・クノウ対グローブをつけたモンゴル人相撲という「片腕カンフー 対 空飛ぶギロチン」的異種格闘技戦が展開され、組み技で手こずっている中でクノウの腕十時一発で決まる。

 擬似格闘技・ガタガタルールOR契約格闘技路線か?と思ってる中で突然現れる90年代新日本ジュニア黄金時代のシニカルを運ぶカシンの、参戦を事前に噂された同日行われたプロレス3団体協力による「オールトゥギャザー」への皮肉交じりのシニカルなプロレスによって高岩タイガーを飛びつき腕十時で仕留めた中で、アメリカのレスリングの猛者でありWWEのトップにあり、現在MMAファイターでもあるボビー・ラシュリーによるなるたけハードヒットな試合には、現在のUFCトップファイターに数々のカレッジ・レスリングの猛者が揃っていることからも、本当の意味で「プロレス最強」を再確認させてくれる明らかに「こいつは強い」と思わされるムーブ、いつかのWWEで見たブロック・レスナーとカート・アングルという本当に強い二人が行ったプロレスの説得力(って第一回IGFでの目玉カードでもありましたね・笑)を思い起こさせる前に、両者リングアウトで試合が終わる脱力。鎮静化した気持ちに息子を引き連れて入場してきた藤波とマスカラスという昭和金曜8時ジュニアフレイバーが降り注がれる。

 昭和・平成・21世紀初頭アメプロと流れる内に、「魔法少女まどか☆マギカ」コスプレで入場し、コスプレを外したその姿はDDTの飯伏耕太を目指してるみたいなインディーの若手にしか見えなくなった2011年版村浜武洋と化した長嶋☆自演乙☆雄一郎という光景を見つめる、現在のプロレス界からもましてや格闘技界からはさらに時がずれたままの、永遠の31歳を生きているかに見える蝶野雅洋が威勢よくリングに上がり、サングラスを外した瞬間に玉手箱が開いたかのように一気に藤波より年とったようなおじいちゃんになってしまうという浦島太郎のおとぎ話の暗喩が実現されてるとしか思えない対峙が実現する中で、いきなり自演のK-1流ラッシュを受けてボコボコにされる中で自ら尻もち突いて猪木vsアリのまがい物に蝶野が持っていくのに対して、自演がPRIDE時代の桜庭や宇野薫がやってたような側転パスガードのまがい物をおこなうまでが試合の山で、後は小橋建太のモノマネがやりたいニートの相手をおじいちゃんが受けてあげている、というグダグダのままに終わる。

 小川vs沢田という柔道出身IGFファイターが抜けの悪い人間力が明らかに小さい闘いを披露したのかと思えば、K-1に恨み節吐きまくりで今何してんだろというセフォーはプロレスでもMMAでも何をしているのかと思いきやモンターニャの引き立て役に落ちぶれており、K-1も相撲も様々なもんがぶっ壊れてる現在のブラックホールとしてIGFに引き込まれるみたいにアーツが鈴川をローキックで仕留め、あの2009年の大晦日にアリスターに敗れて以降、SRCも無くなり、音沙汰も無くなっていた藤田の復帰戦としてかつての格闘技バブル時に組まれたバンナ戦を行い、故・井上義啓編集長が提言していた「格闘技の試合中にリングから出るのも許可しろ!」という光景を再現しているかのようで光景も生みながら、なんとカウンターの膝で敗れて終わる、なんで結末で、興行が終わる。





 こうして振り返っただけでもキック・柔術・相撲・K-1崩壊・キャッチアズキャッチキャン・Uインター・昭和新日本・平成ドーム新日本・アメプロみたいな様々な要素の表面がテクスチャーされ乱立しているという状況はある意味で先述の「プロレスは総合格闘技」ということであらゆる格闘技やプロレスの要素を張りつけ乱立させるという、ソフィスケーション基本の今時類を見ない興行であり、様々なサイドの日本格闘技の混乱が生み出した奇怪な奇跡と思われ、でたらめなまでに様々な価値の異なるプロレス・格闘技は配置していくことで発生する差異の乱立を前に、「総合させる」ということの意味の一つを思い返すのだった。

 ミラン・クンデラの「存在の耐えがたき軽さ」「不滅」みたいな小説(チェコスロバキアの政治情勢を背景にしたラブストーリーの中に詩・音楽・哲学・批評など様々な文章表現形式が乱立する)や、ゴダールの「気狂いピエロ」「ウイークエンド」といった映画(「映画は総合芸術だからあらゆる表現が含まれる」とか言って写真・絵画・漫画・文学・詩といった引用や演劇・ドキュメンタリー・フィクションが垣根を越えて乱立する)や、タランティーノの「キル・ビル」「イングロリアス・バスターズ」みたいな映画(香港映画や「グラインド・ハウス」といったエクスプロイテーション映画の引用や繋ぎ合わせから戦争映画・西部劇の引用を乱立)から、コーネリアスの「ファンタズマ」といったアルバム(ポップミュージックを基調に口笛からノイズ・不協和音などなどをコラージュ・フレーズを引用・乱立しまくった音楽)やスクエアプッシャーの「ウルトラヴィジター」というアルバム(「今の音楽がこんなものなら出来うる限りやってやる」(記憶違いかも)の意思の中でテクノをベースに、ライブ音源・スタジオ音源性も込みでロック・ジャズ・ヒップホップなどなどあらゆる音楽ジャンルの要素を乱立)、グラスホッパー・マニファクチュアの「シルバー事件」「キラー7」のようなゲーム(アドベンチャーゲームの形式の中で実写・アニメ・イラストレーション・8bitゲームなどなどの要素が乱立する)や、グランドセフトオートの何でもありのゲーム性(都市を丸ごと再現した世界で銃撃戦からカーレースなどなど様々なゲームのジャンルが乱立)などなどなどなどなどの様々なジャンルの「さまざまな引用によるテクスチャー的な総合性」を感じずにはいられず、まあ単純で正直な話、かなりオレの好きなでたらめな感じだった。(笑)というプロ格興行だった。

 乱立させ差異からドラマや事件性を引き出す総合性か、洗練させ差異を消していく混合性か?みたいなことをUFCとIGFを見つつボンヤリと考え、格闘技興行に関しては無論後者が未来に繋がるスタンスなのだと確信しながらも、前者の近代的なデタラメさもまたこのジャンルの性質の一つである、なんて感じたのだった。








 そして、この興行で「猪木」を唯一感じたのは例の切腹劇場だけ、というのも超個人的感想ながら、どんなネタがあろうがわざわざ切腹を持ってくあたりからさらに感じる興行全体の猪木不在な感じを前に、一体IGFは誰がどーいう経緯で作ってんだろうか?なんて思い、宮戸優光氏なんかをはじめとした数々の猪木信者たちが解釈した猪木の世界の実現、みたいなのがK-1崩壊みたいなデカイトピックスのおかげで今回のようにもなったのか?とも思うのだった。

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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

Comments

生粋のUインター者…
…かどうかはアレですけど、IGFについて思うのは、宮戸の歯がゆさでしょうね。

結局、先日DROPKICK誌で船木と語り合った「仮面ライダー」が、このままじゃ生まれる訳がない。

鈴川でも澤田でもライダーたりえる存在にはなりませんから。
それこそバンナやアーツ…いわゆるショッカーが中心になっていくような現状では宮戸の仕掛けなど出来る訳がありません。

そもそも“異種格闘技戦”という宮戸が最も嫌いなキーワードが大会に踊る以上は、宮戸の望むリングなど出来る訳がありません。
Re: 紫レガ様
>鈴川でも澤田でもライダーたりえる存在にはなりませんから。
それこそバンナやアーツ…いわゆるショッカーが中心になっていくような現状では宮戸の仕掛けなど出来る訳がありません。

 今回エントリは前回UFCと合わせて格闘技の総合ごった煮化・MMAの混合洗練化の光景の比較もあって、IGFはジャンル的な部分も歴史的な部分においても様々なファクターが混在する中で、宮戸氏が荷っていように見えたのはUインターやテリトリー制時代のプロレスという、強さや闘いを見せるプロレスなのだろうな、と。

 それで、主催者の不在な感じもパッケージ的な意味でのプロレスとして、ちゃんとしたライダー的なスターを生み出す形でなく、K-1崩壊で流れ込んだスキャンダル的なショッカーを持ちあげてるのはどうなのよ?という、本文で書き切れなかった同日の「ALL TOGETHER」と比較(深夜TV放送を見ましたが、一番IGFと差を感じたのはパッケージとしてのレスラーの華やかさがほぼ全員段違いに洗練されてカッコよかったことです・笑)してみると、意図の見えない印象は強いかもしれません。

>そもそも“異種格闘技戦”という宮戸が最も嫌いなキーワードが大会に踊る以上は、宮戸の望むリングなど出来る訳がありません。

 えっ、そうだったんですか・・・

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