オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


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オウシュウベイコクのウェブは黙ってくれない

Category: 格闘周辺時評   Tags: ボクシング  MMA  K-1  
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↓↓↓今回のお品書き↓↓↓
クリチコ兄弟には踏み込めない
2011年・もうひとつの日本・ブラジルの闘い
南京のK-1

↑↑↑あるいはこのどれかがもちょい詳しく踏み込んだエントリになるだろう予告(どれもしないかも)↑↑↑


<<YMCK 「錆びた扉の第8天国」>>
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<<クリチコ兄弟には踏み込めない 凍りつく挑戦者たち>>

 とサブタイトルつうか専門誌の記事コピーみたいなフレーズを威勢よく書いては見たものの、厳密な技術論(選択される戦術の有効性から、現代ボクシングのトレーニング方、トレーナーなどまで含めた )のレベルでわかってねーんだが、ビタリの試合を見ながらクリチコ兄弟の試合でつくづく思うのは「何故あそこまで相手が動けなくなるのか?」という、戦術・試合の光景・王者の権威など様々な意味で現代ボクシングの極北を示していると、改めて思わされる。

 「極北を示す」と自分で書いたけれど、やはり単純な「世界最強という肩書がフックとなった試合のエキサイティングな面白さ」みたいな部分が下落し、そもそもの最強を示す王者の権威の認定団体が(おそらくは)思惑や利権の問題によって分裂していくことによって「世界王者」「複数階級制覇」みたいな意味が薄くなっている時代に、ほぼ完璧な形でクリチコ兄弟が主要団体を独占していることが世界最強の復権と感じるのかと思いきや、「最高」とか「伝説」とか言う印象よりも、やはり極北、という印象の他に言葉がない。何故極北と感じるのか?(これはオレ個人の感想であって共有される感覚でないにせよ)

 今回挑戦者のトマス・アダメグというのはIGF式総合乱立視点の自分らしくまったく未見の選手なので、どれほどの実績あってのものなのかもわかってはいないのだが、その体格差だけ見ててもこれはやはりあかんわと思ってしまい、その通りになったのだが、試合を見ながら前回のブリッグス戦、そしてウラジミールとデヴィット・ヘイの試合を思い起こしながら、そのどれもがほとんどと言っていいほど攻め込めなかった、ということで起こる膠着した光景の印象を感じ直すのだった。

 やはり専門誌や解説などから「踏み込める」と目されていたヘイさえも踏み込めなかった、ということが今日のヘビー級の苦みに繋がってるのだと思うが、ここで「現代の洗練された技術の中でのプロ格闘技のヘビー級はその恵まれた体格によるフィジカルとリーチによって、構造的に打ち倒すよりも制していくことで頂点に居続けられるのだ」みたいな大まかな現代プロ格闘技ヘビーが陥りやすい問題として語られやすいと思うし、ここでK-1におけるシュルトなんかが挙げられそうになるが、しかしK-1においては、その結果がどうだろうが踏みこんで打撃を与えに挑むシーンはバダハリはじめエロジマンの脱力ジャンプパンチまで多々見られたことは、競技技能的成熟がボクシングに比べて薄いせいかチャンピオンシップが主ではなく興行イベントであるせいなのか。
 クリチコ兄弟らに対して挑戦者たちはリスクを取れないのか?それとも取らせないようにされているのか?技術的な面で?フィジカルの面で? 彼らに踏み込めないという、見なれた膠着の光景は様々なレベルの現代ボクシングの地平を示しているとつくづく思う。

 そして、ここが個人的に非常に重要なのだが、兄弟で主要4団体のベルトをわけあっているということで、それによって本人たち自身が兄弟対決を嫌がっているというのも聴くし、そうした単なる兄弟対決の禁忌的な感じということではなく、そもそもの「兄弟で複数に分かれている認定団体の王者となっており、統一され切れない」という現実そのものが、ただ一つである頂点の権威というものが、心理的な意味も込みで何重にも分裂・反響している状態でありながら囲い込まれている状態を生み出している、踏みこませない極北を築いていると感じる。

 ビタリが引退するかもみたいなことがWOWOWの解説で漏れ聞くが、その時にこそウラジミールがその空いた王座を取りに行く構図になるのか、そしてそれはいかなる光景なのか。

<<もうひとつの日本とブラジルの闘い・ホイラーVS上田将勝 石井慧VSパウロ・フィリォ>>

 日本の武道・武術がブラジルに渡り、それが時を経て現地のヴァーリトゥードにて有効な戦術として実行され名を上げる中で、「木村政彦VSエリオ・グレイシー」など海を渡った日本人柔道家・柔術家たちが独自の進化を遂げたブラジリアン柔術家たちと競い、さらに時を経て、なにもかも興行にするアメリカと絡むことによって、新興プロ格闘技MMAが世界的に広まるための契機になっていった、というのは現代MMAの発生において、プロレスから辿りがちな日本MMAにとっては比較的正史に近いだろう概要になってるだろうか。

 アンデウソンVS岡見というのはそれと直結なのかそれとも単なるアンデウソンのホームでの快勝のための餌でおわっただけなのか。の結論は見る人々によるだろうが、大文字のUFCでの闘いの他に、初期の残酷な時代の日本MMAを闘ってきた、青木・北岡などは輩出した中井祐樹氏の弟子の一人であり、師匠と顔が似てる意味でもMMAに転向した経歴の意味でも似ている上田将勝選手と、去年の大晦日以降、離婚みたいなスキャンダル以外に名前を聴くことすらないほど沈黙していた柔道金メダリスト石井慧が、引退するというホイラー・グレイシー、恐るべき強さを見せながらもPRIDE時代には棄権によってウェルター級GP王者になるチャンスを逃したり、鬱病を患っているとすら言われる影のあるパウロ・フィリォという、伝説的で、くすみかけた柔術家とブラジルの地にて闘うというカードが先日実現された。

 で、試合の映像は見れてはいないんだけど、そこで上田選手がホイラーをスプリットで破り、石井選手はフィリォとドローの結果で終わった様子。石井のこの結果は煮え切らないかもしれないが、ホームタウンデシジョンの問題だったようで実質石井がフィリォを完封したということらしい。(体格差の問題とかつっこまれそうだが、両者ライトヘビー級契約とのこと。)

 階級分けも存在せず、サミングを許してしまうようなレフェリングですらあった初期の日本のMMAにて、ヒクソンと闘った中井祐樹氏に生き写しのような上田将勝が、ずっとずっと競技的に洗練された現在のMMAの、適正の階級にて、ブラジルで闘い、そしてこの闘いによって引退していったホイラー。柔道VS柔術という、分裂していった武道の片割れが再び接近するという、吉田秀彦が国立競技場にてホイスとの一戦によるデビューという大々的な試合から時を経て、石井VSフィリォはほとんどの人は知らないだろうが、むしろこうした公式結果も込みでその歴史的に直系であることの感慨があった。

 DREAMも下手に地上波や北米と闘えることなどにすがりつくことによって無理にメジャーを保とうとするよりも、実は現在の方が肩の力が抜けて試合内容的にも興行の展開的にも意外に良い印象になっている、というのに近いと言ってはあれだが、石井慧も無理にメジャーであるため、地上波にすがりつくための要請がなくなった意味で本筋に戻った、という感じだ。今回のパウロ・フィリォ戦を実質勝利し、ブラジルにて幾人かの柔道家が行ったという現地柔術家との異種格闘技戦、という歴史的な意味でも大きく、これは真に石井が自身のMMAファイターを確立しなおす上でかなり重要な一戦だったのではないだろうか。

<<南京のK-1>>

 去年の今頃の自分のK-1の記事をちょっと読み返す。リンク先の記事は、「PUJI投資家お披露目としてどれだけ作り手がK-1を再認識しているのか」という文脈でスゲエクソ真面目に考えてるなあと思いながら、今回の開催の知らせに関してはポジティブに行けば去年のこの記事とほとんど変わらない意見。バダ・ハリとヘスディ・カラケスという、リスクを払って闘えるスタイルのみならず、あのショウタイムでの反則無効試合によって生まれた対立を上手く煽ってグランプリにまで持っていくことが成功の主軸となるだろう。アリスターやシュルトがいないことで、むしろシンプルな醍醐味を味わえる水準になりやすそうな気がする。ギタVSスポーンというK-1ソフィスケイション・ヘル・バレエのようなカードも実現されるのを願う。

 ネガティブな懸念もある。例の石井館長の「新K-1」、商標権の移行など、スムースにグランプリまで行ける体制になってるのか?ショウタイムとの関係は?MMA転向を発表した選手たちは?立ち技新興格闘技の未来絵図は?

 現在の立ち技界ではやっぱK-1のもたらした立ち技格闘技のポップ化という、一つのやり方を提示したことは大きく、個人的にタイが国を上げて輸出コンテンツ(だよな?)としてムエタイを賭博として木戸銭取るのではなく興行としてポップなものにシフトしようとしている「タイファイト」は特筆すべき興行であり歴史的な変化では、と思ってるし、立ち技新興格闘技のドグマに多かれ少なかれあったムエタイのポップ化によって、いかに日本の立ち技も書き換えられていくのかなあという地盤の変化が気になるようになっていて、大元のK-1GPはゴタゴタのおかげで白亜紀の恐竜を見つめる思いに似ているというか。

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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

Comments

今回の記事もとても面白かったです!! 
かつては視聴率20%以上を誇っていたキラーコンテンツが、まさかこの10年でここまでファンに愛想を尽かされてしまったというのも珍しいもので、その間K-1MAXがマサトを中心としたタレント達が人気を誇り、その側面で競技力という部分に関してもヘビーを凌駕する程の高い水準を誇っていたにも関わらず、黄金期にK-1に熱狂していたファン達の心の穴を埋められなかったということは、やはりヘビーの失政はヘビーで補えということなのかもしれません。確率は極めて低いですけど、K-1がもう一度日本で浮上するにはバブルを起こすしかないというか。モンスター路線のような形ではなく、黄金期のような(興行的に)真っ当な路線で。
格闘技に対して知ったかぶりのアンチ連中でさえもカッコイイ、スゲエとみんなが素直に口に出せるようなK-1を提供してほしいものです。
Re:>D様
ありがとうございます!当ブログ購読の効用として
①家の電灯の中で虫が死ななくなる
②ロマンシング・サガシリーズで閃きやすくなる
③ボクシング・プロレス・MMA・キックなどひとつのジャンルに固執しないようにしながら差を測っていけるようにな(って頂ければ書いてきたかいがあります)
④ドラえもんがまだらに見えてくる
⑤「エヴァ:破は最近見てみたんだけどエロカットの出し入れ手慣れたもんだよねー」と思える
などが期待されます。
Re:一人デート黒帯クッキンアイドル銀ちゃん
 コメントの意図とずれたら申し訳ないのですが、「格闘技バブルがなぜ起こったか?」というのは、当ブログの初期のころから現行の新興格闘技を再認識する意味も込みで考察し直してきていましたが、基本、新興格闘技興行が名のある他ジャンルのスターなり団体なりを引っ張って消費して使い捨ててくことで起きたという、いわゆる焼畑農業という例えが近いわけで、それで現在の惨状になっている、というのが簡単な結論で、だからバブルは起こすな、危険だ、というか、そもそももう焼くべき畑はどこにあるのかというか。

 90~2000年代までの新興格闘技興行の第一段階として「異種格闘技」「最強」を看板とした、プロレスを代表に他ジャンルを食い荒らしていくことでバブルを生んでいったわけですが、今現在の段階でバブルは起きない、と思っています。

 だがしかし、それはある意味で肯定的に捉えています。

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EAbase887

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ビデオゲームというフィルターから俯瞰する、現代エンターテインメント総合批評
「GAME・SCOPE・SIZE」もやっております。ゲームの他に映画・アニメ・小説なども取り扱っており、興味があればこちらにも。

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ひっそりとド偏見アニメネタレビュー「14ー21歳のセックスか戦争を知ったガキのモード」「もスタートしましたので、妙に少なくない格闘技ファンとアニメファン兼用の方はこちらもよろしくお願いします。

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