オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


ベイコクオウシュウの怒りを持って振り返れ

Category: 格闘周辺時評   Tags: 華やかな成分がなかったブログ  川村ゆきえ投入  デヴィット・ボウイ  
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         ~EAbase887九月雑記三部作完結編~
 「憂鬱と官能を教えた学校」を読みながら思う厳密な技術論を軸とした新興格闘技史の編み方
UFC日本大会に向けてラウンドガールを整備しなおせ
ウェブ上でも格闘技雑誌媒体でも格闘技に関して読むべきものが少なくなってきた

<<<「憂鬱と官能を教えた学校」を読みながら思う厳密な技術論を軸とした新興格闘技史の編み方>>>

 当ブログが主に扱ってる格闘技に限らないことであるが、批評という行為を突き詰めていくと結果的にある種の歴史を編んでいくことが不可避的になってくるというのが、こうして1年と少しブログを続けて見て(ってブログの前でもずーっと5、6年くらい念入りな批評やったりしてたんだが。別のジャンルだが)実感がある。

 特にある種の歴史の流れが終結し、存在意義というのがぶれてきている状態にある時代のジャンルを村松友視イズムでクソ真面目に見ていく場合、どうしても歴史がどこで違ったのか?を検証し直す作業が出て来て、何をきっかけに何が変わり何が無くなったのか?未来はどうなるのか?ということを考察していくようになっていくようになっていきがちっちゃいきがちだ。(この歴史の流れが途切れてるものの分析検証を感情的になってトチってるダメなケースの代表のものは「ジャンルがダメになった戦犯探し」に陥ってるもの。こんなの答えはただ一つ「誰もいない」。その作業自体が目的が憤りの解消しかないとしか見えず間違ってんだからいるはずがない。こういう作業に陥っている批評は読む価値が何一つ無いと言える)

 で、本題なんだが紙プロの論客として格闘技ファン的には局地的に有名だろう菊地成孔の本業のジャズ関連の方もオレはファンでよく聴いているのだが、どうもジャズというジャンル自体、特に日本の中でのあり方というのも相当ジャンルの歴史認識に捻じれ・途切れなどがあるようで、菊地氏というのは意識的に歴史を潜り直し、何をきっかけに何が変わり何が無くなったのか?という今日のジャンルの現状に意識的になっていると思われ、その作業も込みで現代日本のジャズ、というのを体現しようとしてると思う(どーも曖昧なのは、日本人ジャズで知ってるのが世間の類型的なジャンルのイメージを体現してる綾戸智恵さんくらいしか知らないせいなんだが・笑)。

 そうしたジャンルの歴史を探り直すという行為によって生まれたという、音楽家・批評家である大谷能生氏とともに行った現代ポップミュージックの音楽講義を書籍化した「憂鬱と官能を教えた学校」というのは先述した側面だけでなく、実際に音楽家であるゆえに厳密な技術論に加え、様々な視点による見立ても加えられた優れたものになっていて、僭越ながら「キックボクシング・K-1 競技者用wiki」様の厳密な技術のアナライズに加えてオウシュウ・ベイコク・ベースの見立てがあるという感じの、ジャズを主とした現代ポップミュージックの分析・歴史書になっていて、「格闘技関連でもこういう類の技術面から歴史的意味も網羅した本が読みたいなあ」なんて思った。高阪剛と誰かがタッグでとか。

<<<UFC日本大会に向けてラウンドガールを整備しなおせ!>>>

 UFCはんぱないのはラウンドガールがアイドル化して有名になってるってのがある。アリアニーセレステとかすっげえ完成度高いなあ(うわっなんか変な意味みたいに取られそうだけどそーいうこっちゃないすよ純粋にというかしかし純粋さとはいったいどこからどこまでのことで免罪符になるものなのかうんぬんたんぬん)と思ってしまうんだが、けっこー日本でグラビアアイドルとか起用したりできんものなの?AVいっちゃうほうがペイ出来るとかいうヤバい職業になってしまってるの?亀田が熊田曜子起用したりとかしてたが。もーこの辺の芸能関連とかうといのだがそもそものアリアニーはそういうグラビアアイドル系統じゃ無くね?とも。

 五味選手が戦極時代に「川村ゆきえちゃんとかいいすねえ」とか言ってたことをふと思い出しつつ、おいそういやJロック国保氏の戦極(※SRCではない)はUFCフェザーに現在ほとんどの戦極フェザーGPで活躍してた選手が集まっていることによって再評価するよりもまず名ラウンドガールとして戦極ブルーこと菜々緒を上げていたりとうわあやっぱ国保戦極って北岡が躍進したりホント最高だったなあとつくづく。結果、UFCに行くにしてもそれからの奈々緒としても踏み台になってしまった感があるのは残念ではあるが、戦極が無ければやはり日本MMAはもっとつまらないものになっていたかもなあとも思った。今も国保戦極・もしくはSRCがあったら、先日ホイラーを破った上田将勝選手などはメジャーデビューしてただろうか・・・

 それにしても、FC2ブログルール上無論画像は上げられんが、プレイボーイ誌によって早くもアリアニーがオールヌードになってたりしてアメリカよくわかんねえなWWEの大女チャイナもヌードにされたりはニーズを知るのが少し怖いがとか思いながら、これがまた待望の、と思いきや不思議なくらいあんま有難味が無い感じがあり、エロチシズムはややこしいな、なんて思った。オフィスレディの制服に欲情を催すということは現代社会の制度や構造が生んだ禁忌では、というテーマから、自動車事故を見ると欲情してしまうとか言う物語というトンデモなものに飛躍した「クラッシュ」という小説があるらしいということを何故かプレイボーイのアリアニーから思い出すのだった・・・

 そして、これを見ながら、この分野での日本VSアメリカなら5億パーセント確実に日本が勝てると直感的に思ってしまったことがとても悲しい。僕は深夜にチョコを食べながら泣いた。

 <<<格闘技雑誌媒体でもウェブ上でも格闘技に関して読むべきものが少なくなってきた>>>

 歴史を辿り直し、認識をやり直すという属性だけでなく、やっぱ良質な批評は読んでる人間に「この選手や試合なりを見てみたいなあ」という、紹介の側面にも優れてるのが良い。

 ただ、その役割である格闘技雑誌も、どうにも元格通スタッフによる新雑誌YAMATOの微妙さや、単に「プロレス地獄の季節」「プロレス濡瑠魔湯」「プロレス銀玉自慰」みたいな暴露してない腐れ暴露本系統のダメなムックをこじゃれたものにしただけの元KAMIPROの「DROPKICK」とかもうお話にならず、(だあって例えば修斗問題とかハンパにだけ伝えて、この事象がジャンルの存在意義にどうかかわっているのか?を各種絡めて掘り下げない。何をやってるんだ?)案の定「マット界 噂の三面記事 」みたいなものを出すというし。

 結局、技術分析・試合の紹介に特化してるいちスポーツとして認識してる「GONKAKU」「ファイト&ライフ」が長生きするんだと思うが、谷川氏をはじめ山口日昇、柳沢忠之などが最終的に作るサイドに回っていったのを挙げるまでも無く、格闘技シーンにおいてのマスコミはムーブメントを形成していくのにおおいに役割を(功罪はどうあれ)為していた役割があった思うが、それが完全に終わった。というのはK-1にとって日本の地上波が無くなることなんかと含めて考察しようかとも思うが、その役割が出来なくなったら半端なムックしかできなくなるとか残念ではある。(DROPKICKは第2号が出るとのことだが、不定期刊でも出して行けるならむしろインタビューとか居酒屋に逃げずじっくり考察を煮詰めてくれと願う)

 
 あと、ネット上の批評や意見もサイトが更新されなくなっていったり意見がずれてきてたりして脱力したりとだんだんここも読めるものがかなり減ってきた。格闘技を大衆に、世間に向けようという意思で語ったりするのはそれは同意なんだが、その目的持ってる人が気が付けばファンがファンを罵倒しあうとかいう何故こんなバカな光景になるのかわからないのもうんざりしてきたし、奇怪なことに読者視点で普通に眺めててもかなり面白く読めてんのがなんと自分のブログくらいというホントオナニーみたいなことに(笑)最近なってきて悲しい。僕はアリアニーを思って泣いた。


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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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