オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


ミックスド・マーシャル・アーツ・ワールド・マップ/現代MMAと、世界格闘技前線を見取るために

Category: MMA   Tags: MMA  世界の格闘技  その変動  
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 現在のMMAとは大ざっぱに分けてボクシング・ムエタイ・レスリング・ブラジリアン柔術の各要素が混合されたものであるように見え、たとえばUFCを見ればこれらの格闘技の有効な技術が融合・水平化したスタイルというのがスタンダードになってきているように映る。

 同時にこれら4つの格闘技は興行格闘技のオーソドックスなものから、アマチュアスポーツとしての格闘技、武道としての格闘技という部分もフォローしたものであり、立ち技から寝技・組み技まで様々な格闘技興行・格闘技大会あれど、興行サイドからでも技術サイドからでもこの4つの格闘技の様々な要素を軸に見れば世界の奔流を見取り易くなるのではないか?という仮説というか。

  ということで今回はMMAと、世界の格闘技の前線を見取るための地図の作り方」のオウシュウ・ベイコク・ベース式の仮説、そしてシリーズ「私たちがMMAについて知っている2、3の事柄」完結編です。




「私たちがMMAについて知っている二、三の事柄」

「タブーであるかのように触れられない視点・「現象」として捉えられて来た日本格闘技」




 どのようなジャンルでも異業種からの技術との競争もしくは混合が存在するし、ジャンルの進化に必要と考えるが、かつての総合格闘技という呼称から、MMA、ミックスド・マーシャル・アーツはジャンル名の中で既に様々な格闘技や武道などを競い合わせ、混合させることを表明しているジャンルだ。ある意味で進化するスピードそのものがこのジャンルの発生から現在に至るまでそのまま格闘技興行となったものとも言えるのかもしれない。


 現行のMMAは既に異種格闘技戦というように異なる格闘技同士の差を比べ合うものでもなく、また、「総合格闘技」と言われるように様々な格闘技の要素をバラバラに保有している時代でも最早無いように映り、やはりMMAの語源通りの「ミックスド・マーシャルアーツ・混合格闘技」と言われるように、簡単に言って様々な立ち技・組み技・寝技といったセクションにあたる格闘技術がスムースに融合し、水平化していく点というのが見所なのでは?と思う。

 「何の格闘技が最強か?」ではなく、逆説的に「MMAは継続する限り全ての格闘技を再評価し、全ての格闘技が最強であることを証明し直す視点にもなりうる」というのが最近の自分の気分であり、それは興行的、見せ物的には若干味気ないものであれど、このジャンルの歴史も当初は様々な格闘技を集めたフリークショーであり喧嘩、からスタートし、そして20数年の年月を経た現在は全ての格闘技術が交錯し、融合する場という前衛的かつ原型的なジャンルになっているとも思う。

 ここから現行のMMAを大きく構成していると思われる4つの格闘技を主にした考察に続くが、同時にこれら4つの格闘技が構成している興行的要素から使用される技術やその歴史としている部分まで含めたものになる。MMAと同時に、世界の格闘技の流れみたいなものも見通しやすくするために。





<<ボクシング>>
(拳で相手を打つ攻撃技術、またはそれにに対する上半身のブロックやスウェーバックなどの防御技術/興行格闘技の、(おそらく)最も歴史あるものでオーソドックスなものである/さらには、全ての興行格闘技が技術的な進化を得るために重要なものと見える/競技としては、興行としてプロが先に発生し、アマチュアが後に成立した/歴史ある故に、ショーである興行格闘技が競技とすることや権威立てていくことが難関であることを何よりも早く示してもいる)


 やはりというか、真剣勝負の決闘でありスポーツの興行格闘技の形態の中心と言って差し支えの無いボクシング。それは技術から興行の歴史や形式といった部分に至るまで、やはりK-1・MMAなどの新興格闘技が進化するにいたっても非常に重要な技術体系であり、興行形態ではあると思う。

 しかし、カテゴリ「P・M・BOXING」でけっこう言及してきたけど、興行格闘技で最も歴史があるが故に、プロ興行格闘技の世界で例えばFIFAのような非営利の競技の国際的な統括組織が未だに成立できていないことや、先述したように「プロ興行が先に発生し、競技としてのアマチュアが後に成立した」という経緯も込みで、スポーツでプロとアマ、興行と競技は相反し合うのは不可避な面はあるが、こと格闘技に関してその根深さは他ジャンルの比ではないことも先行して見せているとも思う。
 
 現行のボクシングは、様々な認定団体の決める王者が乱立することにより価値が飽和したものになっており、王者を取ってからが問題で、西岡のように選手の興行的な価値を上げるために海外に向けたり亀田のように国内でも客を引っ張れるようにふるまうか。や、パッキャオが示すように「本当に強いスターが強いスターを打ち倒す決闘」という、シンプルにして強い結論であり、その実、競技も権威も関係なく興行として見た方が通りが良い。

 もはや現在は「ボクシングの方が歴史も権威もあるから新興格闘技寄り上」でもなんでもなく、逆にボクシングは長い歴史があるからこそ、プロ興行格闘技で公式な権威や機関を取り付けることが難しいことを露呈し、ある意味「強いスターが強いスターを破る」という興行のシンプルな結論に回帰しているように、パッキャオ周辺のボクシングの流れは見せているように思うし、その意味では思うにUFCのMMAはそうしたボクシングの世界観に近い。古くて新しいものになっているのではないか?とも見える。

 同時に日本のボクシングの退屈さというのは権威もなにも実質失っているのに「日本人が公式スポーツで世界に勝つ姿」ということで漠然と信じられ、それはTVで日本ボクシングがゴールデンに放映されるためのフックであり、「ボクシングはショーである」という側面と別のものだ。2000年代の新興格闘技の台頭や亀田の台頭などにそのあたりの膠着を示唆するものであったと思う。

<<ムエタイ>>

(蹴りで相手を制し打つ技術・肘で相手を打つ技術・首相撲で相手を抑え込み、崩す攻撃・防御の技術/ボクシングを別にした、世界の立ち技のドグマであり、タイの国技である/興行として試合内容や勝敗そのものが目的であるショーにするのではなく、観客が金を選手に賭ける賭博が目的である形態によって、構造的に判定を目指すように出来ている/がしかし、その一方で生きるためにムエタイを選択している人間もタイでは数多く、それゆえの凄まじい競技能力の地層が存在している/本場タイでは中量級が主体であり、ショーである興行格闘技が求めるような重量級・無差別級がほとんど聞かれない)

 
 現在のキックボクシングからK-1にまで至る、立ち技の興行の発生の奥にはムエタイがいる。

 最近でも石井宏樹選手がラジャナムダンのベルトを取ったことが快挙とされるように、かつて他ジャンルを潰すことで「最強」を巡るドラマを生んできた日本のプロレス格闘技界が、ほぼ同様の手法によって世界に大きくその名を知らしめたグレイシー一族との闘いがコンプレックスとしていたのにキック界とムエタイの闘いは似ていると見るが、ウィキなどを見るに元々が対ムエタイということでキックが発生したということなのだが、それは今日でも続いているようなのだ。

 対ムエタイと、かつての対グレイシーはイコールではないと思うが、特に日本の立ち技がここまでこだわる理由も「中量級が主体になること」「ヘビー級が存在しにくいこと」「興行のフックとして、闘うべき”世界””本場”というものの設定がいくつか存在している世界ムエタイのタイトルでは歴史も選手も層が弱く、立ち技としての本場というものがラジャやルンピニーなどのムエタイに限られること」などが要因なのかは不明だし、また世界で他に立ち技を選択している興行や選手らも同様のコンプレックスを持っているのかもこれまた不明であるが、立ち技の世界の中・軽量級がどこかで引きずられているのも確かだ。

 こうした純文学的で求道的とも言える日本キックの対ムエタイの歴史から、ハッキリとした興行格闘技としてプロレスや海外ボクシングなどを睨みつつインストールし直したのがK-1であると見え、立ち技興行の方法論に一つの道筋を与えた、とも見えるし、「ショーにし過ぎることで競技の本質が見えなくなった」などの反動もあったとは思う。

 がしかし、ムエタイは格闘技術や歴史、選手層がここまででありながら勝敗や内容を見せるショーではなく、競走馬か闘犬に賭けるような博打であり、試合の中で賭け率を変動させていき終了まで引っ張るという博打の形式ゆえか、競技的美徳とかとまったく別の意味で判定決着にまで持ち込まれる、ということが多いということなど、興行と賭博なども込みでの関係はあるとは思う。

 がしかし、近年の「タイファイト」というのは興行として転換し、タイの輸出コンテンツとして仕上げ直しているかに見え、この転換をもたらした要因にK-1が作用しているとオレは考えているし、K-1はやはり様々な問題はあったがこうした変化の道筋に影響を与えたことは誇ってもよいと思っている。まあ場合によっちゃ赤字で撤退するのかもわからんし、まだ様子見ではある興行ではあるが、ジャンルの質的変化として注目すべきとも思う。

<<レスリング>>
(相手を組み、投げや崩し、タックルによりテイクダウンし抑え込む攻撃・防御の技術/この組み技の競技出身者のプロの行き先として、大ざっぱに言って興行格闘技ということでは意味が全く異なるプロレスくらいしかなかった、と見るが、最初期MMAにはプロレスも経験のあるレスラーが高い技術を発揮し、結果を残す/現行の北米MMAの選手層や技術、また現地開催の判定基準に影響があると見える)


 この組み技出身者の実力者の行き先というのがプロレスくらいだった、というのは、昔のバーン・ガニアやダニー・ホッジといったレスラーの経歴を見るとうっすら分かるのだが、その高い競技能力が興行格闘技の場で発揮されるのはUFCの誕生以降であったと思われ、当時の日本では「プロレスの強さ」枠でドン・フライ、ケン・シャムロック、ダン・スバーンらが評価されていたと思うが、なんのことはなく彼らは競技としてのレスリングの実力者であり、真剣勝負の場でそれを発揮できるものがそれまで無く、プロとして稼げる場ということでプロレスもMMAも越境していたのだと見ている。

 今、最初期のUFCなどを見るとグレイシーをはじめとするブラジリアン柔術家以上に、マーク・コールマンなどのレスラーがもうホントにあっさりと脇を刺しテイクダウンして打撃を与えていく組みと抑え込みの強さなどに驚くのだが、今日に至るまでプロレスやグレイシーがドラマの値段を釣り上げていたのに対してレスリングそれ自体のこの実績やイメージに関して例えば上のキック界のムエタイへのコンプレックスのようなものが希薄だし、また「プロレスの強さ」ということで猪木からUWFに至るまでほとんどと言っていいほど実際のレスリングの技術や強さというものもどこか省かれているように見える。

  現在のレスリング出身者でプロ興行格闘技に行った人間で最高クラスなのはブロック・レスナーであることは言うまでもないだろうが、同時にアメリカ最大のプロ格闘技興行を越境するレスラー、というのも最後になるのかもしれない。MMA NOISE様もたびたびアメリカのカレッジ・レスリングの実力者が転向するかもということをニュースにされているし、現在のMMAではレスリングの実力者がプロとして稼ぐため、成り上がるために当然のようにMMAに参入するケースが多々見られ、そして上位のランカーへに名を連ねる選手も数多い。新規にMMAに選手が出てきた際に「アメリカのレスリングの実力者か否か?」というのは単純に実力を測る規範に少なくともオレはなっている感もある。現在のヘビー級のトップであるケイン・ヴェラスケスもレスリングのオール・アメリカンになっているのだ。

 ここまでの実績や、MMAの競争の上での重大な選手層がありながら、意外に日本の格闘技メディアなどや業界に関してもレスリングに関しては大幅な特集も歴史的な評価もあんま見られないように感じている。

<<ブラジリアン柔術>>
(グラウンドでのポジショニングの基礎的な構造・相手をグラウンド制し、有利なポジションに付き、そこから抑え込んだり関節技を狙いに行く攻撃・防御の技術/日本発の武道が変節した形であり、日本とブラジル間には独特の歴史がある/護身である/現代MMAのキックオフとして、グレイシー一族が柔術のプロモの側面も込みで始まった大会が最初期のUFCである)


 UFC以前よりブラジルではヴァーリトゥード大会が存在しており、グレイシー一族はそこでも実績を出しており、創設時のUFCはグレイシー柔術のプロモであることに加え、実質ヴァーリトゥードというジャンルをを全世界デビューさせ、同時にブラジリアン柔術というのがほぼ何でもありの場で闘う際にグラウンドでのポジショニングによって相手を無効化させていくという、神秘的な技術であったと共に、おそらくMMAで最初に重要な技術体系を提示したと見える。

 現在のMMAは(無論おおざっぱに言って)それから上の3つの格闘技術が混合されていくことによって競技全体の技術体系はスタンド・組み技・グラウンド、それらのシーンが切り替わる際の際などトータルで体系化され、それをレスリングのオールアメリカン出身のようなフィジカルエリートと呼ばれる選手らがその攻防のメソッドを習得している、というのが現在のUFCの前線の光景であると見える。

 無論ブラジリアン柔術の価値が落ちたわけではないが、現行のMMAはかつてのように柔術を神秘的かつ必須の技術として捉えていた時期ではなくなり、寝技世界一を決めるアブダビ・コンバットの優勝者という実績などはかつてのPRIDEで新たな選手が参入してきた際の強さを測るバックグラウンドとしておおいに機能していたと思うが、最近では同大会の常連の実績あるシャンジ・ヒベイロのMMA転向くらいしか不勉強ながら聞かない。

 しかしブラジリアン柔術からグラップリングといった組み技格闘技も急速に進化を遂げているようで、現在ではメンデス兄弟という天才的な人物を擁するATOSというグループがブラジル柔術大会からアブダビコンバットに至るまで高い実績を上げており、特に現代のグラップリングの代表的選手であるメンデス兄弟の弟・ハファエル・メンデスなどはその戦略や試合内容と技術などはそれほどグラップリングの試合を見ているわけでもないオレでも唸るほどのものであり、とてもロジカルでありながら見たことの無いような光景は、何かペトロシアンやパッキャオなどを見た時の感動に近いのであった。







 異論は確実にあるだろうが、MMAを構成する要素と、同時に世界の格闘技の奔流を大ざっぱに分けたのがこの4つの競技になるのかな、と思われ、この4つの周辺に技術・興行・競技・スポーツ・武道などなど様々なファクターによって成立する様々な格闘技があるように見える。

 これら4つの格闘技は競技人口やその歴史性によって、思想性や神秘性みたいな側面を越えて、有効な攻防の技術がロジカルに提示されてるものだと見え、技術を見取る際もこれらが一番整数的に出来ていると見え、MMA(をはじめとする、これら4つの格闘技術のいずれかがルール上有効である競技)の混合による競技的進化などを見取る際に参考になるのではないか。

 今回記事はこの4つの格闘技が持つファクターからMMAの技術進化や選手層の変化という側面の要点と、同時に世界の格闘技も現在もまたこの4つの格闘技の周辺を見ていけば大体捉えられるのでは、という、MMAとは様々な格闘技が交錯することの進化速度を示すジャンルであり、それを分解して解析すれば同時に世界の格闘技の流れ自体も見えてくるのでは?という仮説からアクロバティックな展開をしてみたけど、これもまた後で修正するかもしれない。


 こーいうファンが独自理論で見立てた大抵の代物が滑稽さがあるのは承知で、正直今の格闘技を見ていくためのフックというか導入になりそうな部分と言うか「こういうとこ中心に見ていくと変動が分かりやすいよ~」というのを技術サイドから興行サイドでもいいから分かりやすくしたのを読みたくなってきた気分であり、本エントリは穴だらけではあるし、できればブログを持たれている方などにもこーいう叩き台的な記事作ってみてくれねえかなあという気持ちで製作してみた。

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