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EAbaseのパセリ・セージ・ローズマリー・タイム

Category: 格闘周辺時評   Tags: K-1  スカボロー・フェア  柳沢健  増田俊也  歴史の意味  
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皆様いかがお過ごしでしょうか?うっはーキナ臭いニュース、わずかな希望と期待を向けるニュース、再び歴史に目をむけるなどなどの周辺時評4本。
<<立ち技格闘技はどこから再び時を動かすのか?>>
<<日本格闘技史の「現象と幻想」キック・オフとしての猪木>> 
<<日本格闘技史の再評価としての木村政彦>>
<<ふと中邑真輔VS鈴木みのるを見てみる>>
 

<<立ち技格闘技はどこから再び時を動かすのか?>>

 この記事書いてる時点で開催から2週間切っている中で一向に公式な発表が無いことに関して、ショウタイム代表のサイモン・ルッツの契約に関しての発表から宮田和幸選手のブログに至るまでもうニュースブログやサイトなどで取り上げられてるとは思うが、これでFEGは終わるなと誰もが確信したことだろう。FEGの終焉。日本格闘技史の現象の残り香の霧散。大衆的コンテンツの消滅。族長の秋に入った谷川貞治氏と柳沢忠之氏は再評価されるべき時期か否か。

 K-1自体は例えばもともとの主である創設者の元に戻るなりして続いていくだろう。が、続いていくとしても無論のことこれまでのような、ましてや格闘技バブル時のコンテンツになる可能性はほぼ無いだろうと思われ、むしろイズムの続きという意味ではK-1の切り開いただろうキックボクシング・ムエタイのポップ化という意味ではワンデーの手法を採用するショウタイムはじめK-1ライト級や甲子園勢が出場しているKrushやタイファイトあたりが意識的に継いでいると思われる。

 が、ポップ化といっても興行的規模や資金などの上限によって集められる選手とその層の厚さのレベルによる競争力というのはある時点より頭打ちになると思われ、しかも現在の世界の立ち技のフラッグシップを握っているように映るショウタイムであってさえも、サキのボクシング転向やスポーンがMMA転向をほのめかしているニュースから察するに彼らのレベルであってさえも相応の対価が支払われにくい(あるいはもう伸びしろが無い)と見え、これはもうUFCを代表とするMMAなどと比較するに立ち技は興行面も競技面も進化や成長が停止する世界になりかねないように思う。

 昨日今日の話ではないがもうMMAなどは参入してくる選手の層が尋常では無くなってきており、オールアメリカンからオリンピックチームに所属していたようなレスラー出身みたいな人間がどんどん参入し、現代MMAで勝ち抜くための体系化された技術メソッドを吸収していきながら競争力を挙げている中で、ジョン・ジョーンズから、場合によっちゃ(ステップワーク・ボクシングテクの近似において)パッキャオ並みになっていっているのでは?というくらいに見えるフランク・エドガーなどなどの現実にまで到達している中で、選手層の薄化や一つの興行に選手層を集中させきれない状態の立ち技だと、競争力が分散した状態で技術革新も起こり辛く、システム変化と言うのも何より選手層と競争、そして支払われる対価あっての状態で考えるのだが(UFCもそろそろノンタイトル5Rを導入するかもしれないというし)、やっぱワンデー中止でチャンピオンシップに特化した、ボクシング並みの勝敗のウェイトの移行というのは訪れにくいと思われ、日本の側から見て大衆コンテンツから一変超絶マイナー化してきて、これはMMAも同じだが、興行的に集中できず進化の可能性の低下ということではこちらはさらに厳しい。K-1は全盛時からジョーンズやエドガーを生むシステムが地上波との折り合いなど構造的に難しかったとはいえ、百年の孤独に入るか否か。という風に映る。

 とはいえ、立ち技のドグマのムエタイが輸出コンテンツとして興行イベント化した「タイファイト」という変化や、もうK-1やキック団体がさして行わなくなった異業種との競争という場としての役割をシュートボクシングがポツポツとやっていたりするなど、個別に見ていけば興味深い事例は散見される。これから時の速度が格段に落ちるだろうが、時を再び進める可能性というのもそこかしこに見られる。

<<日本格闘技史の「現象と幻想」キック・オフとしての猪木>> 

 時代が進んでいき、科学的な解明などが進むことによって平均して視点が変化することにより過去の歴史の意味もまた検証され直すことで変わっていくというのは普遍的な話だ。

 それでまた「1976年のアントニオ猪木」を読み直しているわけなんだけど、そもそものこの本自体が格闘技バブル末期の2007年にリリースされたもので「どうしてプロレスと別なはずの格闘技イベントで猪木はじめ前田・高田らプロレスラーがイベントの顔となっているのか?」を格闘技バブルの時点からアントニオ猪木を歴史的に再評価している本として評価を得ているが、文庫版のあとがきでも触れているようにもう格闘技バブルも完全に崩れてUWF主要人物がイベントのアイコンにもなっていない現在、さらにこの本自体の歴史的意味の変化というのも今読み返すことで感じる。

 終結した格闘技バブルというものの謎を解く意味で、今もこの本の意味は非常に大きいと思われ、日本興行格闘技史上の現象がどうしてキックオフされたのか?ということを知り直す視点では力道山の後継として馬場と興行で闘うために手練手管尽くした結果が異種格闘技戦に繋がった、という導入もやはりドラマチックであり、そして猪木の行動が韓国プロレスやパキスタンのプロレスを壊滅させたという結果もまた「格闘技バブルの結果」的であるし、厳密な競技的実力がムーブメントやバブルを生む流れと別であるという意味も見とれそうだ。

 今この本を読むと、格闘技バブル中に起きた事件性などなどあらゆる事象も実は猪木の自我の範囲内にあったなどと見立てられ、今は本当に猪木とほぼ関係が無くなった世界であるには違いない。だからこそ今読み返して格闘技バブル期のフラッシュ・バックが多々起こるのである。

<<日本格闘技史のパラダイム変化による再評価としての木村政彦>>

 まだ書籍で読み返せてはいないのだけど、ゴン格での連載時からもともとの増田氏が柔道家でもあり、古くから「力道山に潰された柔道家」というような木村政彦氏の評価の世間的な鈍さというものに対してひどく苦い思いを抱いてきたという。「力道山はなぜ木村政彦を殺さなかったのか」とはそうした評価に対しての汚名回復を求める強い意思によって書かれてきたと思う。

 が、自分の評価としては、これは本当に日本で、バブルとして終わったとはいえ、あるレベルでの格闘技を見る視点の変化というのはあの時代を通過してどうあれ確実に起きたと思われ、グレイシー一族によるUFCの登場というMMA初期の時代に、かつてエリオ・グレイシーに、なんとブラジル現地で関節技で完全勝利を挙げた人物であり、その決まり手は「kimura lock」と英語で公式にその名前が刻印されるに至っていることなどを代表に、MMAというものが広まっていく時代の中で大きく再評価され直す意味や、これから書籍で読んで考えたいが日本のMMA再インストールという意味でも、遥か昔のブラジルの地にでヴァーリトゥードでの決闘を行ってきていた柔道家、というのはこれはかなり正史に近いものと呼べるのではないか。「MMAの発祥は猪木とUWFから」というバブル史観が厳しくなってきた現在、MMAを再認識しなおす中で歴史を再評価し直す意味でこの時点での発刊はジャストなのではないかと思う。

 昔から猪木や、大山倍達のような巨大な幻想や物語を生んだり、自らの人生を自作自演する能力が振り切れていた彼らがプロレス格闘技界隈で大きく祭り上げられ煽られていた中で、木村政彦というのは実績や経歴から言って彼らに劣ることは無い重要な人物に違いないのだが、幻想や物語という側面でどうしてもこぼれ続けてきたのだと思う。この評価は違うのかもしれないが新興格闘技が躍進することによってついに歴史的に再評価されることになった柔道家であり、そしてそれは日本格闘技史の正史の発見ではないか?とも思う。

<<ふと中邑真輔VS鈴木みのるを見てみる>>

 最初のレスリングの攻防で典型的な手四つから始まりヘッドロックからの繋ぎやバックの奪い合いの攻防、ではなく中邑がサイドを取らせないようにフックガードを使って制したり、鈴木がスタンドの中邑を下から足を取って上下を入れ替えたりのグラップリング発のムーブをやっているのを見ていて、今も中邑選手は和術慧舟會で練習しているのかなとか思いを馳せた。

 これはどうかと思う感想に違いないが、プロレスに関しての感想は楽でいい。ここより続く感想は「もともと総合格闘技(※MMAとは書かない)を指向していた二人であり、そしてプロレスラーが強さを目指すことで出くわす矛盾や現実、そしてその理想からの敗退というのが彼らの経歴にある。この二人の試合はストロングスタイルうんぬんという客を、世間を引っ張るための方便よりも、そうしたブルージ―な部分が味わい深い。強さを指向するということはすなわち必然的に勝敗というもののウェイトが過剰になる世界にシフトするということだけど、敗戦というのがある種の成長を意味させるのもプロレスか。」などと続く。

 ここには技術論の厳密な集中・興行論の未来的展望などが生半可であって、ひさびさにプロレスを見て思ったのは逆に格闘技を見ている時は最近異様なほどガチガチになって見ていたのか、ということで、簡単な二人のパーソナルや歴史を振り返るだけでも無責任な感想の中でしんみりこの試合味わえているのに対して、現代格闘技はかなりネット上の意見からメディアの意見などのジャンルの認識差や技術論の理解や集中、未来的展望の面でピリピリしていたのだなあと気付いた。

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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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