オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


カラケスの覚醒!~K-1GP2011南京大会 開幕戦 速報観戦記~・南京の興行師

Category: プロ格闘技   Tags: K-1南京大会    谷川貞治  興行  批評家から興行師に  私たちは本質的に嘘を望んでいる  
カラケス
 凄まじい大会だった。会場は満杯こそならなかったが、序盤こそ判定が続き、現地で急遽呼び寄せられ組まれたという中国人ファイターはほとんど手打ち&ブロックスタイルという代物で「やはり開催できただけよかったか・・・」と思わされるも、メインに向かうにつれてジマーマンの3Rからの逆転劇から、今大会でバダを失ったことが反動にあるのかカラケスが1Rから仕留めにかかる姿勢を見せ、凌がれるもそのラウンドで観客の心は持って行かれ、2R開始5秒で、なんと心中を回避するかのように、まさかの踵落としが決まりKOした時に、堕天使のコロシアムは爆発するように沸いた。動画の奥から覗き見る、銀色の玉虫的な光景だったとはいえ、やはり未来に不安はあれど、もう少しだけK-1の続きを見てみたいと思った。動画の奥でバイオレットの髪の色の青年が大騒ぎしているのが目立つ。
<<K-1GP南京大会 見立ての格闘観戦記録>>




 興行には嘘が必要だ。かのアドルフ・ヒトラーだったか、それともナチスの宣伝役だったゲッヘルスだったか、党の支持を得るための方法論として「大衆は大きい嘘ほど信じ込む」というような発言をしていたことを思い出す。しかしインターネットやウィキリークスの時代に大衆サイドの自発的に情報を取捨選択できるレベルのある比率から大本営発表の誘導を暴く機構が出来ている時代に嘘で大衆を引きずることは可能か?

 「谷川貞治氏にはインターネット感が無い」というのは紙プロでの菊地成孔氏(あーまた引用この方になるけどホント当ブログの35%くらい影響受けてんな)のtwitterやる以前の谷川K-1への評だったか、あの少しでも知らべて突っ込んでみればすぐさま瓦解出来そうなFEG&TBSの取り合わせによって生まれる光景の隙だらけさを持ってそう評していたと思うんだが、自分にはあれは今振り返るに生々しいまでの、スポーツだとか、それ以前に真剣勝負の格闘技だとか、筋書きがあるかだとか以前の「興行」というものの属性についてを考えさせられる代物だったように感じている。

 パソコンかあるいは携帯かあるいはスマートフォンで繋がれたインターネット上にて、電車内か職場か公園か自宅かトイレかあるいは風呂で読まれているだろう本エントリの冒頭は、興行という嘘について語るために、即座に分かるまごうこと無き大嘘、あるいは妄想から始まる。タイトルに惹かれて騙されて本稿をここまで読み進み何らかの不快感を感じているであろう皆様に、どうかその感情が読み終わるまでに継続することを願う。ここから「谷川貞治氏は結局何を為した人物だったのだろうか」という評に続くために。大ボラで木戸銭を得る興行という虚業を考えるために。嘘の中でもカラケスへの期待と共に。
 というわけで、今回は興行師・谷川貞治の回顧。あるいは谷川貞治氏の今回の興行をやろうとする闘い、という意味での見立ての観戦記録。





 ウェブ線上にて格闘技情報やら2chやツイッターなどの話題の中での谷川貞治氏は秋山成勲や青木真也など大晦日にやらかした選手らと別に、名の通った運営の人間の中でも本当にもう半端無いくらいの叩きが恒常的に行われており、オレが格闘技を見始めたのが2007年からなのもあるのか傍目から見ていてもあんまりその叩きに乗れるものがなく、そういえばオウシュウベイコクベースをスタートさせてから谷川氏への言及ってほぼ全く行ってなかったなと、FEGの末路にある現在になるまで気付かなかった。

 オレ自身の簡単な谷川氏への評価でもっとも信頼しているのは「谷川氏が付かなければもっと早くK-1は終わりだった。谷川氏で駄目ならば、他の人間でも駄目。」というもので、石井館長の脱税問題によってK-1を引き継ぐ形になり、俗にモンスター路線に舵を切ったことで今日までの氏の悪評に繋がっていくのだと思うが、ここから格闘技の愛とか理解とか漠然とした部分ではなく(って漠然としたところに評価軸あるエントリではあるけど・笑)、実際のところどうしてモンスター路線化したか?というのも興行を継続させるにあたっての運営資金の大半を担うという放映権料を巡ってのTV局との関係、そして石井館長との関係、さらに当時競合相手だったPRIDEの選手引き抜きによる選手層の薄化などの舞台裏のシリアスな部分に触れざるを得なくなると思われ、本エントリのテーマとしては舞台裏への邪推はここまでにしておくが、先述の「谷川氏でなければもっと早く終わりだった」というのはプロデューサーに就任した2003の時点で、ここまでの入り組んだ状況のでの代打であったと想像され、確かに長年の格闘技通信の編集長であり各方面に顔のきく谷川氏があの当時の状況をシリアスに想像していけば適任だった、という評価も比較的納得が行く。

 90年代に「格闘技通信」「紙のプロレス」と雑誌媒体にて批評を繰り広げていた谷川貞治・柳沢忠之・山口日昇氏らが2000年代にみんな興行師になったこと。これもまた振り返れば色々な意味がありそうだ。 これもまた舞台裏的な話になってしまうが、過去を調べてみると彼らが実際に団体のプロデューサーになる以前より雑誌メディアの立場からK-1やPRIDEのマッチメイクなどに進言したりするなどして関係していた、というのもところどころで見当たる。

 あの時代は本当にPRIDEとの有力選手の引き抜きを巡って鍔迫り合いがあり、そこでファイトマネーが高沸していった経緯があったと想像され、ミルコ・クロコップなどがやはりその意味でも代表的だったと想像するし、またウィキにあるような「谷川氏が猛烈に視聴率に固持していた」のもK-1の存続に置いて何度も書くように放映権料というのが命綱であったわけで、PRIDEもそれを失ったことによってUFCに売却せざるを得なくなったのも知れた事実だろう。サップをエースとしたモンスター化によって視聴率を取りに行こうとしたというのも有力選手がPRIDEに引き抜かれることなどの関係もあったようで、薄化した手駒の中でどうやって放映権料を維持するラインを保っていけるか、という結果だったように思うし、そうした地上波の放映権料に依存した運営にならざるを得ない構造をザックリと知るだけでも、あのTBSに対して放映権料を巡って想定される視聴率をはじめとしたK-1MAXの魔裟斗VS佐藤の結果や、何故タイ人が抑えられるのかとか、ウスティノフが本戦に上がれなかったのかなどの数々の不備の謎もやはり比較的スムーズに溶けていくとは思う。

 
 だがしかし、本エントリで言いたいのは谷川氏の罵倒でも、こうして格闘技バブル時代を振り返ることで、「時代状況のなかで視聴率目当てのモンスター化は仕方なかった」とあえて擁護の姿勢に回ることでもなく、どんな形であれ谷川時代の格闘技がスポーツとか真剣勝負とかそれ以前の、全ての「興行」というものの真実を生々しく露呈させ、そして谷川氏自身もまた、一人の興行師の栄光と没落という点でとてもドラマチックな軌跡を描いている点だ。





 前に昭和の興行師として、「虚業家」を自称する康芳夫についてのエントリを作ったが、この時の結論で「広告代理店が主導になることによりコンテンツ化していくことにより、彼のやってきたことは化石だろうが興行というものの生々しい手触りを感じる」と書いたけれど、谷川貞治氏というのはある意味では先述してきたように館長の脱税・引き抜かれる選手・放映権料を巡る地上波、その中で関係各社と折り合いをつけながらどうするのか?という状況の中で突如として20世紀後期ごろに死滅したと思われた、生々しいまでの「興行師」が蘇ったもの、として見える。

 アメリカでの歴史的に著名なサーカスの興行師だったというP・Tバーナムと谷川氏はどれだけ似ていたのだろうか。バーナムは 「大衆が好むものは三つある。新奇、新奇、そして新奇だ。」「今、この瞬間にカモになる奴が生まれている」という言葉を残した。

 サップVS曙、ボビー・オロゴンの格闘技挑戦、チェ・ホンマンの発掘。TOA。21世紀の中の格闘技は、少しでも調べてみれば構造的にスポーツとしての強度に難があることは誰でも理解できるだろうが、コンテンツ的には何か新しいスポーツを行っているように見えるものだろうし、どうあれ見せ物みたいな意匠とは遠いものにしていったことは確かで、なにより当のK-1自体が非常に精巧にそうした仕掛けを行ってきた最初の大きな格闘技イベントであったのも確かだろう。がしかし、石井館長の脱税事件、PRIDEとの選手層の引き抜きなどの関係のなかで対抗していくために取った手法が、完全に「目の前の客を騙して銭を掠め取る」という山師や大ボラ吹きの類となる壮大な皮肉。だが同時に、それが全ての興行の真実であり、サップやボビーや曙らは大晦日のTVの前の大衆から視聴率を掠め取っていったことは記憶されているだろう。

 「谷川貞治氏にはインターネット感が無い」、これは逆に取れば、その谷川氏の生み出す光景がどれほど前時代的なものだったのかを示す言葉でもあり、谷川氏が本質的にどれだけ前時代的な興行師の気配に満ちていたのかを示す言葉でもあると思う。

 「格闘技を世間に向ける」というのは色々方法はあるとはいえ、たとえばほとんどの有力外国人レスラーを全日本の馬場に確保された状態で対抗することになった新日本の猪木が自発的にシンと乱闘騒ぎを起こしたり、「本当に強い格闘技こそプロレス」と言って異種格闘技戦に踏み切って行ったりとスキャンダラスに動いていったことが格闘技バブルの一つの線になって行ったというのと別に、ある部分近い境遇でのプロデューサー就任だったとはいえ、「曙の格闘家転向」などによって世間を騒がして耳目を集めるという興行上の手法も目的も一致しているのに、奇怪なくらい印象が違うのは興行師そのものが同時にファイターであるか、興行師がフリークスを連れてくる構図のえげつなさの差か。





 大昔の「鉄腕アトム」だったか、サーカスに売り飛ばされたアトムを見せ物にしてロボット同士の壊し合いをさせる興行師、みたいなキャラクターは読者誰もが憎しみを抱くよう感情移入させる典型例であり、そういう意味で目の前の世間の視聴率を掠め取り、こころあるファンに罵倒され続けた谷川氏は様々な形でソフィスケイトされているはずの現代に見事なまでの「興行師」としての生きざまを貫いているように見える。

 大抵のフィクションに出てくる興行師たちは大体物語上で悪役を任され、興行で擦り減らされる人間や動物たちに感情移入するように出来ている。今現在の格闘技ファンのほとんどはファイトマネー未払いを受けている選手らに同情し、感情移入して谷川氏をFEGを叩いているし、一部選手からすれば日本の恥であるという。この見事なまでの前時代的な興行師の栄光と衰退のイメージの一致。しかしそうした興行師が感情移入されるただ一つのケースがある。それは「エド・ウッド」という映画みたいな、特異な興行師自身が主役の物語だ。

 そしてその視点から行けば、実は谷川貞治氏ほど、典型的な興行師の栄光と衰退の道程を歩んでいるがゆえのドラマツルギーのあるプロデューサーも見られないように見え、格闘技バブル時のプロデューサーというのが衰退時にはみんな上手く足がつかないように雲隠れしたりしている中でずっと注目され続け、悪目立ちしている意味でも特筆すべき人物だと映る。南京大会の続報が一向に聞かれない中、近しい立場にいた人物よりツイッターからこうしたメッセージが流れてきた。
 
 

@Show_Otani 「俺は絶対にやるよ」。谷川さん(@K1_Tany)に、10/29、南京での『Kー1』に関して聞いたらそう言ってたよ。一応、世界中の方々に報告…。



 この言葉に自分は、半分の感情に脱力と諦めと、皮肉な笑いを感じると共に、もう半分の感情として強くこの伝え聞く谷川氏の言葉に心を揺さぶられた。ある種の勇気をもらったと書いてもいい。

 K-1というのが競技の気配を借りたドラマ発現のシステムに彩られた格闘技の嚆矢であり、その末路にあるなかで、興行を打つために闘う谷川氏から興行師として生きる強いドラマツルギーが南京大会の苦闘から発現したように見えた。この時点の、この瞬間の谷川氏は、誰よりもK-1だったとさえ書いてもいい。

 この日本のどれほどのエンターテインメントがあり、そしてどれほどの人間が興行をコンテンツとして計算してリリースしているのかは分からないが、少なくとも谷川氏は今現在のあらゆるエンタメ中で、全ての興行というものが持っている本質的な属性を見せた人物だろう。



 このような苦難が続くが、FINALを実現するために動き、谷川氏は生き続けるだろう。それは興行師が端役の悪人であれ、主役であれ、物語の終わりに没落を見せようが死ぬ姿が見せられることは少ないように。興行師としてあまりにも典型的な運命を歩んだが故に生き続けるだろう。 自分は谷川氏に「ありがとう」と言う。半分の残酷な興行師に対しての皮肉と、半分の文字通りの感謝と共に。

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興行師の格闘技史・谷川貞治が見せてきた一つの真実


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