オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


EA887の地獄への道は善意で舗装されている

Category: 格闘周辺時評   Tags: インビクタス  FIKA    アジアのmma  
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地獄の文体で綴る、11月初めの雑記
<<映画「インビクタス・負けざる者たち」のスポーツと、さらに飛躍してポップとは何か?>>
<<FIKAをどう捉えたらいいのか>>
<<「ONE FC」中
心のアジア圏MMAの胎動>>
<<日本にとっての格闘技とはやっぱジャンルでなく現象か>>




<<映画「インビクタス・負けざる者たち」のスポーツと、さらに飛躍してポップとは何か?>>


 いきなり「最近見た映画の話」なんて導入はどうかとは思うが、後に続く雑記とも関連する要素を含むのでお付き合い頂けるとありがたい。「スポーツというジャンルの効用」という話。

 クリント・イーストウッド監督のネルソン・マンデラが南アフリカ共和国で初の黒人大統領となったことをモチーフとした映画であり、ザッとこの映画の感想や批評などをネットで見渡してみても、やはり題材が題材だからか政治的な意味や歴史的評価、または現代アメリカにおいての眼差しなどの論旨に寄っているのが多い。白人・黒人など人種の差や先進国とアフリカの支配関係、その転換期を象徴する初の黒人大統領就任。映画が2009年にリリースされることで暗示されただろうオバマ大統領との比較。


 だがオレの感想としては、アパルトヘイトとの闘いの時代を経たマンデラの方針として白人も黒人も、アフリカの様々な民族も区別をなくそうとする「全民族融和」というスタンスを象徴するかのように様々な人種が混在するラグビーチームが奮闘し、奇跡的な勝利を上げていくというこの映画のハイライトに当たる部分は、そのままスポーツというジャンルが生み出す効用の良質な面のを映しているように見えた。前にも書いたような気もするが、国際的なスポーツは厳密なルール下において勝負や対決を基軸としながら人種や民族の差異を越えていく側面を見せる意味で優れていると思われ、その意味では特に歴史的に深い人種的・民族的差異の真っただ中であった南アフリカの歴史的転換点の中でのこのラグビーチームのエピソードというのはそうしたスポーツというジャンルが持っている一つの属性を映画内でドラマチックに見せている、と言え、それは政治的意図としてこの映画を評することを越えて美しいものである。

 そして話を飛躍させると、ポップなものというのは、一つの国だけでなく世界的に蔓延させられるものと言うのはある種人種的・民族的な差異を自覚した上で越えていくものではないか?それが美しいものだろうがえげつないものだろうがなどとも考える。インビクタスはスポーツのポップさというものに気付く意味で非常に分かりやすいものだ。


 無論スポーツが映画や小説や漫画などになる際に切り取られるドラマツルギーというのは例えば試合の攻防の技術、その中での選手の葛藤、勝敗に向けられる熱量などがやはりメインにあるものが王道と思われ、これは「スラムダンク」がオレはトップだと思うんだが(足を痛めたゴリが試合中に「テーピングが緩んでいるんじゃないだろうか、ターンできるのか、この足で」と葛藤する瞬間とかさりげなく半端無いシーンだ)、今回の批評はかなり俯瞰的なもので共感されにくいかも知れないが、WOWOWでやっていたのを見ながら感慨深い気持ちになっていた。格闘技目当てでWOWOW加入しているって人も少なくないだろうが、せっかく契約してるならある視点ということでお勧めの映画。wowow特集の涼宮ハルヒの消失見ながら「みくるちゃんや長門のいるような高校時代なら戻りたいと思うけどなあ」なんて童貞臭いこと言ってる場合じゃねえんだよッ!


<<FIKAをどう捉えたらいいのか?>>

 FEG主催の年内に行われる予定であったというK-1興行が公式発表で延期、実質中止が想像される発表の後での創設者石井館長の発表。このキナ臭さとえげつない印象、谷川氏の分かりやすい大昔のような興行師の栄光と没落と比べてつくづく現代的な人物であることを再確認させられる。

 さて、プレスリリースなどから沿革を見てみると世界キックボクシング連盟WAKOと提携して各国でトーナメントを行い、そこから勝ち上がってきた選手らを集めて決勝トーナメントを開く、という例のk-1スタイルで、チャンピオンシップではないし、階級性も「無差別級でトーナメントやって最強」でなく100kg以下のヘビー級までに絞られてはいるが、そこから下はミドル・ライトとそれよりさらに細かい階級分けは無いようだ。

 ボクシングや現在のmmaと比較した立ち技の選手層の厚さから言って、大ざっぱに分けるにしたって最重量100kg以下の次が70kgのいうのもどうかとは思うしここから間にライトヘビー級でも設立するのかもわからないし、個人的にはここからどれだけ選手層を厚くし、様々な格闘技能の競争や研鑽がある流れが生めるのか?という、大ざっぱな感想になる。

 同時にアジア圏(ホントはもうこんな区分け間違ってるのかも知れないが)にて資本があるのか?みたいな疑問も含めて、次の記事に繋がる。


<<「ONE FC」中心のアジア圏MMAの胎動>>





 「ONE FC」とはシンガポールで行われているMMA大会であり、最近でもDREAMを含むアジア圏やオーストラリアなどのMMA大会との提携のニュースを発表した

 上の動画はその興行のメインイベントであり、ゴン格で松原教授が「今の日本人トップでも勝てるのだろうか?」と言う感想を残したが、オレが見るにこの試合の勝者は現行のMMAのスタンダードな戦法やフィジカルをかなりのところ消化していると見える。そのあたりに日本MMAの風景の差をしばし感じる。
 
 シンガポールは近年経済成長を遂げているとは伝え聞くが、格闘技興行の大小の強さはその国の経済力に関係するか否か?から、青木真也がMMAの練習にシンガポールまで出向いており、セコンドの陣営もそこでのジムの人間に協力してもらっているという点や、MMAというジャンルの広がり方や認識のされ方が現行のUFCを代表とする方向にに乗っ取っているだろう点など含めてこの躍進は興味深い。

 DREAMのこの提携でメリットを想像すると現行のMMAの前線に近いルールで(選手のレベルはまだ未解明であるが)青木・北岡・川尻選手などの闘いの可能性を期待できるし、またDREAMにて知られざるアジア圏の強豪発掘と言う意味でもオレは期待できる点が多い提携であり、同時に競技能力の交流・研鑽という意味で比較的乗れる提携のニュースではある。

<<日本にとっての格闘技とはやっぱジャンルでなく現象か>>

 日本にとってのプロレス・格闘技興行のツボはぶっちゃけ他ジャンルを侵略してブッ潰して自分たちの興行の優位を示していく闘いであって、そこから生まれるドラマツルギーもしくは事件性などで世間を引っ張る爆発力にある。格闘技の競技能力だとかは二に次で、スポーツと化した格闘技に魅力なし。ジャンルを超える行為こそ最強の興行。競技能力や試合以上にそうやってドラマを繋げる流れをオレは「現象としての格闘技」と捉えている。

 以上の天才でありブラックボックスを示した代表がアントニオ猪木であることは疑いようも無く、それを目撃出来た日本人は幸福か。はたまた不幸なのか。何と今年の大晦日も「元気ですか2011」とアントニオ猪木がフックとなるらしい。資金的事情として猪木でなければスポンサードされにくいというのも込みで本当に引きずるもんだよなあとつくづく思う。

 オレ個人のここ1,2年の感想は、長年続いたそうした現象としてのプロレス・格闘技はもう終わりに来ているんじゃねえのかな、ということであり、だから「MMAの再インストール」とか「現代の流れが変わることによる歴史の再評価」というのが気分にあり、今の新日本プロレスも、そして格闘技も他ジャンルを侵略して潰していくことも、ジャンルが進化するに当たって変化しようとする流れも薄い。前者は無理があるにせよ、後者に期待はしたいのだが、それを行き詰らせているのも他ジャンルを潰すことを興行にし、テレビでの視聴率へと変えて言った歴史ゆえなのか。

 
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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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