オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


刺青とライム

Category: ウェブ線上の批評   Tags: 入場曲  サウダーヂ  ジ・アウトサイダー    SRサイタマノラッパー  日本ヒップホップ  日本バーリトゥード  
グラフィティ
 現代のMMA最前線のUFCの選手からここ日本の地下格闘技に至るまで入場曲に選ばれるのは、桜庭やシウバや美濃輪のようなトランス・テクノ系統ではなく気がつけばほとんどがヒップ・ホップになっている。

 「ヒップホップ」と「バーリ・トゥード」。これは日本の音楽や格闘技のジャンルから新しいものとしてサブカルチャーのサイドがこぞって取り上げていたという側面もあり、元々荒々しく危険で暴力的なところから生まれた代物であるが日本国内では半端に文化的な檻(あ、回りくどいこと書いてるけどサブカルチャー的なというか)に閉じ込めてたような印象ではあったが、時代も変わり、だんだん日本であってもこれらジャンル発祥の気配自体も付加され始めているのかもしれないな、と「サウダーヂ」と言う映画と、地下格闘技の勃興などを見るに思うのであった。今回はこの二つのキーワードの環境の変化と繋がりの話。


<<NAS One mic>>



 あまり詳しくはないけれど日本のヒップホップというとキングギドラとかジブラとかラッパ我リヤ、韻シストあたりのギャングスタ・ラップの優れたグループが思い浮かぶが、これはいっしょくたにするのは「K-1とシュートボクシングって一緒のものでしょ?」並みに間違っているのかもわからないが、ちょっと調べてみると日本のヒップホップの導入はじめのころというのはそんなギラついたギャング路線がそのまま輸入されてたわけでなく、YMOや佐野元春などがひとつの技法ってことで取り上げていたり、ギャングスタ系統とは遥かに遠い作家いとうせいこうや歌謡曲批評家でもある音楽家の近田春夫なんかが取り上げるという流れらしく、ライムスターやクレバあたりは実はとんでもなく高学歴でヒップホップ研究会出身みたいな経歴であったりの喧嘩感やヤバさと別の文化系の気配があるのはそういう系譜ゆえなのか?とも思った。

 ライムスターの宇多丸氏は映画批評・アイドル批評というサイドでも有名であるし、案外日本のヒップホップがもっと土着的な(スラム的な)ところにまで行ってるのは最近なのだろうか?昔のヤンキーとかロックの方面に流れてたと思うんだけど気がつけば日本のロック方面はサブカルとかオタクとかネットに奇妙に親和性が高く神聖かまってちゃんがジョーカーになっているし、ヒップホップの方面にけっこう流れているんだろうか。


 無暗に詳しくなってしまった日本の格闘技というと「最強とは何か、最強を決めるルールは?喧嘩になるのか?実戦とは?」などプロレスから武道などなどのサイドから議論されつつその新ジャンルが生まれていく流れを大真面目にゴング格闘技や格闘技通信が取り扱ったりする一方で、紙のプロレスは前田日明や高田延彦を中心に変わりゆくプロレスと格闘技界を取り上げていたわけで、それからPRIDEが本物のえげつないバイオレンスなルールに到達していくに至っても桜庭シウバはスピードでサンドストームでヒョードルはロシアの民族音楽ベーシックな音楽でミルコはデュラン・デュランであったりし、ブラジル発祥というバーリトゥードの土着的な気配と言うのはその実、綺麗に迂回されているのでは?というのは以前に書いた。





 今現在の日本でヒップホップとバーリトゥードは果たしてサブカルチャー枠みたいな遠目で掠めとって取り上げられるものになっているのだろうか?

 「サウダーヂ」という映画があり、これは中心街がシャッター街になっていってしまう寂れゆく地方都市・甲府で、工事の仕事がどんどん減っていく環境の中での土方、団地に住みつく日系のブラジル人たちやパブで働き、帰化しようとするタイ人たちや、ブラジル人MCと確執するヒップホップクルーなどなどが織りなし、出演者のほとんどは実際にそこで生きる労働者や日系外国人やラッパーであり、しかも映画撮影中に地元の暴力団の人間に目をつけられたとのことだけどなんと映画内容を説明して説得するなかで逆にその人まで出演させることに成功したという、ともかく寂れて疲弊した地方都市を舞台にしながらもそこを生きる人間らを取り上げることでエンタ―テインメントにした作品だ。



 これの映画は見ていてオレが痛切に感じたのは「これはジ・アウトサイダーのDVDを見て感じたことと同じだ、ある意味で日本のキックやムエタイなどの構図で感じているのと同じだ」ということであり、そして映画ブログなどても指摘されていると思うがこうした半ばドキュメントであり低予算で製作されているインディーズ映画で浮かび上がる、現代の日本の地方の光景というのが、ファッションとして使われてきた印象も強いヒップホップのもっと生々しい土着的なレベルの気配と溶けあっているというのが「SRサイタマノラッパー」でも感じたことであり、「サウダーヂ」の日系ブラジル人やタイ人たちと交錯するヒップホップという光景は、オレにはこれまでいとうせいこうが扱っていたというころからずっと腑に落ちなかった日本にとってのヒップホップというのがどういうことなのかが見えたような気がした。

 
 格闘技から受け取っている感動というのは決して競技能力のみではなく、その背景や気配も込みで見ているが、特にジ・アウトサイダーのDVDを見ててもこれが不良の喧嘩興行かと思いきや日本格闘技の最低環境に関しても見とれるドキュメンタリみたいな部分もあるとも前に書いたのだが、これも米軍やロシア軍人、日系ブラジル人の格闘家をも巻き込んでいくという意味でも、ここ日本で迂回されている部分というかブラジルのバーリトゥードというものの気配というのが実質どういうものでもあるのか腑に落ちなかったものが見えたように思えたのだった。

 
 あくまでオレの感覚であってすべて共感されるとは考えないが、ずっとヒップホップもバーリトゥードも何か本質的な部分というのは迂回されてファッションのように掠め取られていた側面は大きいと思うが、皮肉なことに日本の社会の格差が目立つようになり、PRIDEやK-1といった巨大なイベントが消滅した後の光景としてようやくこの二つのジャンルが持っているタフな核の部分に触れられるようになってきた、とも言え、ジャンルの発祥がアメリカのゲットーやブラジルのスラムといった土壌の元にあるだろうそれらに日本が近づきつつあるという恐ろしい話ではあるのだが、逆にそうした事態になることで初めてヒップホップと、バーリトゥードというジャンルのタフさを理解できるように思ったのだった。


 ジ・アウトサイダーの選手たちの多くはヒップホップを背負って入場する。だが、遥か遠い頂点の舞台であるUFCであろうとも数多くの選手たちが背負う音楽はそれなのだ。そこから見立てられるのは社会的に階層が生まれようとも大舞台が消えようとも力強く生きるこのジャンル発祥の精神のタフさであり、映画「サウダーヂ」から格闘技アウサイに至るまでオレが見取っていたのはファッションみたいに掠め取り切れないそうしたタフさに関してなのだ。
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テーマ : 映画感想    ジャンル : 映画

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