オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


欧州米国基地的格闘技アワード2011

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「2011年のベスト」

 あっ、そうそうまずはベストバウトはジョンジョーンズvsリョートでMVPはジョンジョーンズで最高興行はUFC141で。今の時代に普通に格闘技流し見してれば最優秀プロモーションたるUFC関連が全部ベストで当たり前。「ジョーンズに続いてのベストファイターは2位ダン!3位エドガー!4位アンデウソン!」こんな結果を読んで面白いか?というか。もう今年のUFCはプロ格闘技全体の評価から個別で分けてUFC内で各分野トップ10やった方が座りがいい。それだけで普通の格闘技アワードの上位とも変わりないだろうから。それほど歴史的にも凄い状態にある。

 だからこういうランキングをやったとしてもUFCが独占状態になって当然過ぎるのであまりにも意味が無いので、2011年の「未来に繋がる可能性」「変化の兆し」「日本格闘技と世界の奔流が繋がる可能性」という、極めて不確定な基準ではあるが、2、3年後にどういう効果があるか?という萌芽を中心にしたものにした。
ということで全てが「特別賞」アワードです。





●近未来的な可能性を見たファイター●

野杁正明 、HIROYAはじめK-1甲子園勢

 今年はFEG主催のK-1も無くなり、立ち技に関しては興行・競技性や制度の部分に置いて世界的に分裂したまま放置されているという最悪の時代(だってピーター・アーツが年末日本の地方のキック興行に出てるってこれはどうなのか。一応書くとIGFに出てることとはまた意味が違う)であるように見える中で、ようやくプロとして花開き始めた、崩壊したK-1が残した唯一の芽。

 やはり何にも大きいのは申し分ない格闘技術が備わっているというシンプルなことで、それがジャンル全体にとって、例えば海外に行ってムエタイと闘う、立ち技をもっと広めるために興行の顔を背負う、場合によってはボクシングやMMAなど他競技に転向するなどどういうふうに転がるにしてもその地盤としての部分が強くないと行き詰るという当たり前の話ではある。

 甲子園組の彼らがどう転ぶのかは分からないが、2,3年先の可能性への面白さはある。特にそんなことを思ったのは甲子園組の代表の野杁正明が「今、立ち技は景気悪くて、人気もないですけど、久保選手と一緒に『こんなに盛り上がるんだぞ』という試合をしたいと思います」とかなり自分のジャンルをシビアに見つつ、「正直、自分の敵ではないかなと思います。誰が当たっても勝つのは自分なので、それを証明できるなら相手は誰でもいいです。」という風に大晦日前日のインタビューで語り、こういう場に出向くほどほとんどの選手は「立ち技の面白さを伝えたい」みたいな政治家の政策アピール並みの紋切り型に終始するなかで、好感を持った。当日の試合はKOしきず、熱戦になりきれず残念ではあったが。

 大晦日に野杁がなぜかグレイシーのテーマ、「ラスト・オブ・モヒカン」で入場してきたのも、実は「MMAばっかでアウェーだがやってやるよ。外敵らしくやってやるよ」とかそういうメッセージだったのか?(だとしたら「夢を食うから獏」⇒獏マスクで入場なみに滑ってるかも。いやいや)

堀口恭司

 日本MMAの土壌というのは 修斗・パンクラス・DEEP、これに来年からリングスなどが加わり、様々な形に分派しているわけだけど、切磋琢磨されながら結果のある、可能性のある選手を見出していくというかなりオーソドックスな見方で、そこで最も印象深かったのがこの修斗の堀口恭司選手だ。

 彼はプロ昇格に向けての非常に難度の高いアマチュア修斗のトーナメントを圧勝し、昇格後もそのファイトスタイルによって快勝を続け、今月8日には上田将勝とのタイトルマッチを行う。・・・・・とか何かオーソドックスすぎてニュースサイトみたいな書き方になってしまったが、この堀口選手というのはクレイジービー所属の、KIDの弟子にあたる人物でしかも、もっともKIDのファイトスタイルを継承した闘いかたを見せている点が印象深い。



 去年はジ・アウトサイダーなどで「これはヴァーリトゥードを迂回してきた日本にとってのMMAの歴史の再インストールだ」とかって見立てていたわけなんだけど、やっぱそういう部分においての最も優秀な選手、みたいにみても印象深かった。

●意味深い試合●
(リンクのクリックでブログ関係記事に飛びます)
 
名城祐司vsアルバート・クラウス (K-1)

 末期FEG、実質的に最後のK-1となったMAX大阪大会で、去年は自演の噛ませぎりぎりの代役だった人物が見事にK-1らしい最大のアップセット・そのまま優勝、兄のボクサー・信男と顔を合わせるシーンの感慨深さなど全てのシーンがまさにドラマツルギーを発現させる興行たるK-1のコンセプトを完遂した。

ギルバート・メレンデスvs川尻達也 (MMA)

 日本格闘技の行き先みたいな視点はリンク先の去年の記事にて。ギルバート・メレンデス側で見た場合、そのファイトスタイルの変貌に驚き、同時にもうMMAの技術体系・トレーニングの合理的メソッドと言うのは完全に向こうは出来あがってると思わされ、PRIDE~DREAMからの総合格闘技とMMAの差というか、ジャンルの質的な変化をまざまざと感じさせた試合。

西岡利晃vsラファエル・マルケス (ボクシング)

 これは競技能力とかいう部分で評価されそうだけど、オレはむしろ興行や選手の価値を上げていこうと言う意味でラスベガスにて防衛戦を行い、そして勝利したという歴史的な意味やタイミングが優れていた。西岡や長谷川、あるいは内山などはアメリカにて世界的な評価を求めていくようにしたらなあと思う。

 ちなみに亀田サイドはおそらく日本国内のボクシングにおいて、興行として様々な意味で意識している(清水休養王者問題の要点は亀田やJBCの善悪以上に、世界的に興行として意識しているプロモートサイドと、海外への交渉能力や意識の薄い日本サイドの差と判断)点において優れていたと思う。だがただ一つ、それらを帳消しにしてしまう欠点がある。試合が臭い。臭いってのはトリプルミーニングくらいある。

 
石井慧vsパウロ・フィリオ (MMA)

 柔道家木村政彦の経歴や運命的な部分も継承していると見える石井。日本国内では「デビュー戦しょっぱく負けた奴」「ヒョードルにあっさり負けた」などなどの印象ばかりが残る中で、ブラジルにておそらくキャリア上のベストバウトといえるだろう内容をひっそり残した部分さえもまた、似通っている。

ウラジミール・クリチコvsデヴィット・ヘイ(ボクシング)

 MMA、立ち技など、全てのプロ興行格闘技にとっての「最強」を決める規範とは何かという意味で、世界でもっとも早くその答えを見せているボクシングと、または競技的整備の進んだ未来のMMAや立ち技の光景はこうなるのだろうかと様々なヒントが含まれた試合。

 普通ボクシングのビッグマッチで敗れたものが引退していくというのは残念と感じると共にそれだけ、その試合の重さが本物であったというカタルシスに優れているゆえに、やはりボクシングが特筆して優れている点を改めて書くならそこなのだが、デヴィット・ヘイの引退はそのカタルシスの鈍さがなぜ生まれたのかという謎を残したと思う。

菊野克紀vs廣田瑞人(MMA) 

 凄絶な負け方をした選手は、その印象で語られてしまうことが多いと思う。勝田哲夫と聴くと、山本KID戦での凄惨な敗北のシーンがどうしても思い出される。

 そういう印象を払拭させ始めようとする菊野の戦術を完封させる戦略を、復帰戦そうそうにフルラウンド完遂させることの難しさも想像すると、非常に集中した練習とモチベーションが保てていたのが想像できる。もうDREAMは廣田選手を上げろ!池本との防衛戦はあんま見たくねえなあというか。

●一杯食わせ者ノックアウト●
(リンクのクリックでブログ関係記事に飛びます)

アントニオ・シウバvsダニエル・コーミアー (MMA)

 誰だこのオッサン!と思ったらアントニオブッ倒してる!?で、調べて見たら・・・アメリカではレスリングの猛者がこんなに次から次へとMMAに転向してるってどういうことだ!しかもベースとなる技術やフィジカルもそのままにこんな打撃や戦略が組まれてるってのも凄い。オレはこういうのも含めて完全にメソッドや、もう個人戦でなくチームでの戦略が構築されているなどなどの差を見取る。

フロイド・メイウェザーvsビクター・オルティス (ボクシング)

 あっこれは次の記事のげっそり半生白子アワードの方に入れるのが正しいのか(笑)

●ベストグラウンドゲーム&サブミッション●

チェール・ソネンvsブライアン・スタンと
川尻達也vsヨアキム・ハンセン、vs宮田和幸での肩固め


 寝技の強さということの一つに、レスリング的なフィジカルと組み技の強さを元にグラウンドで上を取り、相手を絶対に立たせずに制圧していき、最終的に肩固め・ノースサウスチョーク・キムラロックで仕留めるというのがあるという。

 そういう意味で実は川尻は寝技の選手として優れた選手なのだと見え、その実、ライトに戻ったとして北岡選手も圧倒できるのでは?と見ている。修斗時代からテイクダウン⇒パウンドで攻めるスタイルゆえに実力が拮抗してきた相手を抑え込んでKOすることは難しく、試合に起伏が無い塩漬け判定勝利が多かったと思うが、去年大晦日のジョシュ・トムソン戦より現在のスタイルが完成されたのだと思われ、相手がジョセ・アルドやケンフロくらいのレベルを別にすれば、これからはこうした一本勝ちが増えてくると思われる。

 しかし現代MMAでの組み技とはすでにレスリングの技術体系と分化して、壁際での組み技の攻防というのが独自発達していると見え、オリンピックレスラーを完全にテイクダウンし立たせなかった川尻vs宮田の試合がその意味で分かり易かった。


●ジャンルの現状の変化の切っ掛けを
作ろうとしているプロモーション●


帝拳プロモーション(ボクシング)

ラスベガスでの西岡マルケスのみならず、下田昭文の防衛戦などアメリカにて興行を行うことで、ここは不勉強ながらあまり分かってはいないのだが停滞する国内での興行よりもアメリカの方で試合内容と結果も含めた興行を行うことで選手の価値を高めていくという狙いがあるように映った。

 地上波でのボクシング防衛戦というのが視聴率を取れるものでは無くなっている現状と帝拳の方針はどれだけリンクしているのかは分からないが、K-1やPRIDEがプロ興行の本場ってことでラスベガスに打って出たりしてたのと別に、実際に日本のボクシングがラスべガスで興行をやる意味もまた興味深かった。

ジ・アウトサイダーなどリングス周辺(MMA)

 アウトサイダーはMMA前期のヴァーリトゥードの土壌みたいなものという、実は日本格闘技史は迂回していたところを突くところからスタートして数年経て、今年にそこで結果出した選手がプロとして上がる場としてリングスが復活するというこのタイミング全体をオレは再インストールの動作のように見ていた。

 さて、アウサイ・ZSTを一まとめにした上位の場としてリングスが再び立ち上がり、競技的なヒエラルキーを立ち上げようとしてるかに見えるが、ガチガチの競技体制を作るのか、またジムの体制を作ったりして技術の底上げを図るのか、北米主体の現代MMAの奔流と闘っていくのか、最終的な目的地や絵図がどこなのかまだ分からないところがある。とはいえこれはもう色々と高望みしすぎな視点か?

 前田日明という人物を長年見ている人ほどすんなり理解していることなのだろうが、これまでの経歴を見てもこう競技的な整備や現代MMAの技術みたいな普遍的に通じるような部分を作ろうとする段取りで、その競技や技術もかなり本人自身にとっての普遍性に留まるせいで周りと揉めたりして瓦解してきているように映るあたりが危なっかしい。新生リングス体制がサバイブするにあたって上手く競技的な体制と技術的な底上げを行う統括が出来る人物がいれば良いが。(UFCのジョー・シルバ的な人物というか)

タイファイト(立ち技)


 立ち技最大のドグマでありながら、競馬とか競輪みたいな見られ方であるムエタイがエンターテインメントになろうとする質的変化の切っ掛けとしての注目がある。この質的な変化の中には、興行にすることとは?興行の最大の目的とは?その目的の変化で試合内容や技術体系はどう変わるのか?といったテーマが見い出せると考えている。

 興行としての、ショーとしての成功とはなんだろうか?みたいな部分もふと思うに、かつてのPRIDE社長榊原氏やWWEビンス・マクマホンの「興行の成功には神の階級であるヘビー級が必要不可欠」という発言をここで思い起こすのだが、タイファイトがさらに注目できる存在になるにあたっては、ヘビー級(あるいは無差別級)など重量級の開拓というのはどうなのだろうか?

 単純に中・軽量級が主流で、現地タイのラジャナムダンやらルンピニーのランキング最重量級がなんとミドル級までというのを見るに、ここでもバクチと興行の差をどこか見取ってしまうのだが、重量級で闘う現地のファイターなどはいるのだろうか。

 仮に重量級が設立されるなら完全に持て余してるようなエロジマンなど元K-1ファイターを呼ぶなどやったらどうなるのか?という妄想もあるが、本当に興行の成功や目的を追求する段取りでヘビー級は必要かそうでないか?見せ物と博打とスポーツの差は?そしてどれに向かうのか?などやはり興味深いテーマが眠っている大会ではある。(ちなみに書きながら先の見せ物か博打かスポーツかの相克を全てフォローしているのは、やはりというかUFCになるのだと改めて思った。)

 また、本大会設立の要因におそらくブアカーオの日本でのK-1MAXの成功が後押ししているのでは?と見え、今年K-1て碌なことがなかったけれど広く見てけば巡り巡って立ち技の総本山が何か変わりかけてる切っ掛けになったというように見ている。

●格闘技の新たな見方をくれたメディア●
(リンクのクリックで関係記事に飛びます)

増田俊也「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」


 今の立ち技・寝技・組み技技術など進歩した現代の格闘技の見方でロジカルに過去の試合などを検証し直すという楽しみ方があるが、木村政彦の格闘技術の検証による名誉回復を軸に戦前・戦後の日本格闘技史まで一挙に検証されて行くというダイナミズム。

電脳如是我聞 「ジャッジを考えると競技がみえる」

 「競技」という、非常に具体的なようでありながらファンも、あるいは公式なマスコミであっても、オレも例外ではないがほとんど世界的に統一されたルールが決まっているのはボクシングくらいしかないというプロ興行格闘技を語る時なんかは特に各々がかなり勝手な見立てで語られ放置されがちである中で、唯一普遍的な判断の規範に当たるアナライズを実際の興行を行ってきた経験を土台にして行った本エントリの説得力は大きい。

 さらには実際のジャッジを詳しく分析していくことでこれもまた各々が勝手に語り放置されがちである「興行」と「競技」の相克に関しても言及されており、やはり詰めのところで相反してしまうという結論ではあるが、これもまた非常にロジカルなところからアプローチすることによって理解できる。

 惜しむらくは、「シュウ・メモヒラタ8」とか「ジョー・シルバ的8」とか偽名使って、名の知れたプロモーターの意見とあらばパブロフの犬のように記事にする有名格闘技ブログやサイトにリンクさせなかったことくらいという、それくらいにファンやマスコミ全体に普遍的に通用するロジックで構築されたエントリだと思った。





 というわけで2011年の印象深かったものはこんな感じで。次回は最低格闘技賞、半生白子アワードです。映画におけるゴールデンラジー賞的な哀しさと笑いを誘う格闘技、これがまた以外に笑いも哀しみもないただただ最悪というのを除外しながら選ぶので以外に難しい。(例えば内柴選手の一連の事件とか。何も笑えないし何も哀しくもない)

 皆様にとっての笑いと哀しみの最低格闘技はなんでしょうか?ということで次回。

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