オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


ひっさびさのプロレス話一題 新日本ブシロード時代・レインメーカーの質的変化

Category: プロレスの生む物語   Tags: プロレス  ブシロード  オカダ・カズチカ    スターの顔  
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 新日本がユークスからブシロードに移って、木谷社長のこれからの新日本をどうしていきたいのかという戦略を聞いたインタビューも数多く見られ、その直後のIWGP戦にて24歳のオカダの戴冠と言う流れを持って、見事なまでにこれも時代の質的変換、新陳代謝というのが行われているなと思った。

 プロレスは10年ごとに変わるとはよく聞くけど、思えば様々な年代でのスター選手の顔によって大体その時代の質が見とれると思う。では今回スターに押し上げられたオカダからは何を見とれるのか?ということでなんだかんだでこれもまた新しい10年間に向けての時代の質的変換ネタエントリ。





 日本のプロレス・格闘技ほど10年ごとでの質的変化が激しいジャンルは見ない。今から10年前はK-1、PRIDEなど格闘技ブームにより、これまで様々な格闘家を異種格闘技戦の名目でリングに上げて、スター選手が勝つことでストロングスタイルを表現してきた新日本プロレスも格闘技にて強さを証明しなくてはならない時代となり、無残に負けることで縮小して行った、というホントは猪木との関係とか細かいこといっぱいあるんだけどこんな概略程度のことを書いているだけでも、プロレスも格闘技も完全に別々のものになろうとしている今から見ると凄えことになっていたと思うが、ここから20年前、30年前と遡っていくと、極端に言って本当に各年代によってこれ全部同じジャンルなのかよというくらいの質的な違いがある。


 各時代で押し出されるスターの顔によって大体のところその時代の質や、運営が押し出したい質というのを見とれると思う。2000年代の新日本プロレスの顔ということでは中邑、棚橋、あと永田祐志の3人のこの10年を見ているだけで「新日本の歴史的にも格闘技にも行くべき。全てがプロレスなんだ」「いやいやもうハッキリと格闘技と決別してしっかりお客さんを楽しませる方向を徹底すべき」「そんなことより猪木さんどうすりゃいいんだよ!ペイッ!」みたいな新日本の揺らぎを全部を知ることができる。ホントはそれ以前の90年代の新日本の時点で闘魂三銃士がスターの顔である時にハッキリ格闘技と別口にしたコンテンツとしてのプロレスですよとやってたのがわかるんだが。

 スターの顔で運営サイドまで含む時代の質を判断できるというのはなにもプロレスに限らず、ボクシングまで含む格闘技でもある程度可能だ。魔裟斗の顔の中に末期的FEG&TBSの苦しい部分、この日本における立ち技などなどが見とれるし、青木真也はアスリートとしての言葉以外で例えば日本格闘技ジャンル云々に関して自分の言葉はまったくなく、裏側にいる加藤氏や笹原氏のサイドの本音を代弁してるんじゃないかとさえ思う。クリチコ兄弟と、パッキャオからは現代のボクシングが陥ってる分裂を読み取ることができる。




 さてそういうことでひっさびさにピントがあったブシロード時代の幕開けを見事に象徴しているオカダの戴冠という、どうしても既に顔の出来ている人間がスターを長らく牽引し続けがちな印象が強いプロレスで24歳の選手がこうしてIWGPを取ったことは、格闘技ブーム時の2003年に中邑真輔がIWGPを取った時以来のハッキリとした所信表明であると見える。

 ではオカダの顔からは何が読み取れるか?というと、ここから完全な印象批評に突入するんだが1998年ごろから興されたドラゴンゲートというのは本当に方法として正しかったなあ、ただジャンル全てを牽引することにはなっていないくらいでと思い、棚橋vsオカダを見ながらオレの中でソニマージュ的に脳の中で反響するのはやっぱ木谷社長のインタビューの数々の言葉であり、質的な変化を完遂した試合には違いないと思う。理屈こねまわしのオレは完全に新生ブシロードの敵!オレはジャンルを縮小させる敵なのか。でもそれにハッキリ気付いて割り切っているあたりについ好感を持ったりしてしまうのであった。

 振り返れば90年代の三銃士時代からほんとはハッキリプロレスはプロレスということで割り切っていたところはあるが、そこにUWF、格闘技、創設者の猪木という時代環境によってかなり長い期間ブラされていったんだと思われ、それは2000年代の末期にまで引きずってきたとも言える。2000年代とか今度はWWEが来たからエンタメやりましょう、もう強さを表現するとか苦しくなってきたからハッスル行きましょうとか逆側のブレもあったりするけど、そのエンタメとしてビジネスを回す為のスキームを構築すると言った根幹のところまで突きつめられたものは無い。オレの見立てではハッスルは新日本プロレス価値への批評いやいや嫌がらせ止まりだったし。 (全然関係ないけど過去エントリのリンク張ってて「DSEがハッスルをやったように、UFCがボクシングをやる可能性」とかスゲエこと書いてたのすっかり忘れてたよ!)


 今や格闘技がプロレスを圧迫することもないし、完全に猪木の磁場からも離れ、ハッスルもマッスルも無くなってしまった現在を見ると、なんと今ほど新日本プロレスをブレさせる要素が無くなっていることは無いということになり、ブシロードの子会社化とオカダの戴冠という流れを異様にスマートに感じさせたのもそうした時代環境が更地と化してしまったという変化も大きい。もう以前よりジャパニーズWWE化は進んでいたとは思うが、ついに根幹の部分での方法も追従していくことが可能になった。というのがオレの印象だ。

 UFO時代の小川直也とか猪木の化身エスぺランサーみたいにしか思えなかったように、スター選手の顔の裏で社長とか運営の顔が強く見えるケースもまた数知れない。レインメーカーオカダ・カズチカは木谷社長の化身のようになれるほどに実力のある選手である、ということはよく分かった。


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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

Comments

オカダはドラゲというより闘龍門の方法論じゃないでしょうか。
ドラゲと闘龍門の関係もそれだけで長文になりそうな話ですが。

そういえば2004年ぐらいに新日本はウルティモに中西学のプロデュースを頼んだりしていたのですが、見事に失敗しましたね。
Re: 通りすがり様
> オカダはドラゲというより闘龍門の方法論じゃないでしょうか。
> ドラゲと闘龍門の関係もそれだけで長文になりそうな話ですが。

 えっ、闘龍門とドラゲにそういう違いが!?(ウィキなど調査中)そそそうかレスラー養成学校と実際の興行団体ってことでいいのか。アウサイとリングスのような・・・TUFとUFCのような・・・いやいやこれはなにもかも違うか・・・

> そういえば2004年ぐらいに新日本はウルティモに中西学のプロデュースを頼んだりしていたのですが、見事に失敗しましたね。

 マジですか!?(笑)その時期の前後は右に行けばK-1で闘い、左行けばその方向。中西選手もまたブレブレの時代に翻弄された選手で、そういう面も込みで見れば棚橋からIWGPを取った感動というのは大きかったのか・・・

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