オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


日本におけるボクシングの歴史の繰り返しとしてのMMA・後半

Category: P・M・BOXING   Tags: ボクシング  MMA  
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 ボクシングとMMA・立ち技とでは興行の構造が異なるために安易な比較はしにくいところはあるが、その歴史を今振り返るに実のところ現在の状況と重なる側面が多々見られる。ここで日本のボクシング史とプロレス~UWFといった発展からPRIDEによるMMAまでの歴史を比較するに、バブルが弾けた現在の集合離散の流れなどや、そもそも日本で格闘競技それ自体での発展は可能か?日本は物語性がないと消化できないのか?そして興行として飛躍するポイントとしてのテレビは?などなどの謎を解くポイントがあるように感じる。 ということで「日本ボクシング史 世界タイトルマッチで見る50年」を見ながらの日米MMA史の発展のベース・ボクシング史の比較・後半です




 さてボクシング黄金期であった60年代というのは、このブログでたびたびボクシング(と興行格闘技全体における権威や価値の問題)について書くときにネタにしていた王座の承認の統括機構の乱立とタイトル増加によるチャンピオンの価値の下落という事態、これも翻るに70年代の世界の動向によってその口火が切られていたようなのだ。

 1970年代に入り、米国-メキシコ間を流れるリオ・グランテ河以南の、主にスペイン語を母国語とし、20世紀の大半を米国の支配下に置かれていた国々に、未曾有のボクシング黄金時代が訪れようとしていたのだ。

 1970年代、「世界がもし世界王者100人の村だったら」、そのうちの45人までがヒスパニックと呼ばれる中南米人たちであった。1975年末、12階級22個の世界タイトルの地域別分布は、ラテンアメリカに13、アジアに5、欧州2、アフリカ1、そして米国に1である。

 彼らは、リング上での覇権に飽き足らず、やがてWBA、WBCといった統轄機構をもコントロールするようになっていったのだが、そのことは、まもなく統轄機構乱立とタイトルの増殖をもたらすこととなる。



 WIKIの「世界ボクシング協会(WBA)」の項目にも詳しいが、「米国主導から中南米主導の団体へ」とあるように、もうこの時代あたりから団体・統轄機構の分裂など相次ぐことによってチャンピオンそれ自体の権威や価値といった質が変化していくこととなる。

 「1980年代の声を聴くころ、世界のボクシングの覇権は再び米国に戻りつつあった」のだが、次にここで現代のUFC・WWEとも通ずるアメリカ格闘技興行につらなるポイントに繋がるのである。

 米国が5つの金メダルを獲得した、1976年のモントリオール・オリンピック世代のボクサーたち、シュガー・レイ・レナードやトーマス・ハーンズ、マービン・ハグラ―らの活躍によって、人々の耳目を中量級へと向けさせたのだ。これに、ラテンアメリカ黄金時代の中核を成したロベルト・デュランも加わっていった。

 彼らの展開したライバル対決は、ペイ・パー・ビューという新たな放送形態で供給され、プロモーターのフトコロには一桁違う巨額のドルが流れ込むようになっていった。

 メッカのボクシングは、スーパー・スターがとてつもなく高騰した試合報酬で戦うスーパー・ファイトの時代へと突入していったのだ。



 当時の世界最強であるヘビー級のスターであった「高齢のアリに衰えは隠せなかった」中で、 「世間の目を中量級に向けさせた」という背景もさることながら、WIKIより「アメリカ合衆国ではケーブルテレビやCS放送を通じて、1980年代から行なわれて定着」したこの放送形態による興行はじめ、ここで「オリンピック金メダル保持者」で「スターによるライバル対決」などなど現代格闘技興行がフックとしている側面について言及されているのも非常に気にかかる。オレが「アメリカラスベガスボクシング的な~」などと漠然と日本のK-1やK-1MAX、HERO’sなどFEG興行なんかを評してきたけど、こうして歴史を紐解くとやっぱこの80年代ごろのアメリカが成立させた構造というのが後の興行格闘技に与えた影響というのが大きい。このPPVによるビッグ・ビジネスのスキームに追随していったのがプロレスのWWE、そして、MMAのUFCになるのだ。

 この80年代までに、現代につらなる興行格闘技の基盤が成立していったように見える(これは格闘技に限らずの現象であるけど)。UFCが飛躍していく中でのボクシングとの直結というのもこうした背景によると思う。




 こうして中南米が台頭することによりベルトが集中するようになり、統括団体の覇権も握られることとなり団体の分裂、王者の乱立といった状況になっていく一方で、米国が新たなPPVといった興行スキームを構築していく70ー80年代の、新日本アントニオ猪木が苛烈な異種格闘技戦を展開し始めていく中での日本はどうだったのか?というと、 「1970年代に入って、年間10試合以上の世界戦が当たり前となってしまった状況」で、 「主要なウェート・クラスを同じくするラテンアメリカンは、瞬く間に日本人ボクサーにとっての天敵というべき存在となっていった」中でなんと日本人挑戦者は15連敗という当時のワースト記録を構築してしまう」ほどだったのだという。

 そうした時代から輪島功一、ガッツ石松、具志堅用高と言った現在でもタレントとして活躍するスターが生まれているが、 「1980年代、日本は、驚異的な経済成長と1988年のソウル五輪に向けての国威発揚が相まって、ボクシングの黄金時代が到来した韓国に、アジアにおけるプロボクシングのリーダーの座を奪いさられ」ることになっていき、ここで日本のボクシングは80年代に「冬の時代」を迎えることとなる。

 前にオレは今の亀田兄弟はどうせなら勝てる相手を選んで延命するような防衛戦をやるくらいならば、どうせなら今の日本で逆のトレンドになってる韓流に当てつけてボクシング日韓戦フック興行をやれ!みたいなことをおもっていたが(まあこういう日本ボクシングネタ振り返るなかで構造など無視した話で申し訳ないが)、そうした方法は当時の韓国がやっていたようで「リスクが少なく、民族感情に訴えることによって興行上のメリットになる挑戦者として日本人ボクサーは好んで「選ばれ」、玄界灘を越えていったのである」とあり一周してさすがなんて思ってしまった。

 「1970年代に入って、年間10試合以上の世界戦が行われることが当たり前となってしまった状況は、逆にボクサーに、そして、そのマネージャー兼プロモーターに、「世界」との距離感を見誤らせてしまったのだろうか。」なんて記述も読んでいると、今も清水の休養王座問題なんて例によって亀田に批判が集中していたもめ事の背景には突き詰めるに真のポイントは日本人のプロモートサイドの世界の市場との交渉の問題であり、日本はその面で立ち遅れているというなんて話を思い出させもするのだが、ザックリ確認するに日本の今日のボクシングの状況もまた80年代ごろより固まりはじめたと見え、70年代の不名誉な記録よりもさらに「1980年代の後半の日本は、1引き分けを含む世界戦21連敗というワースト記録も残してしまう」という背景であったわけなのだ。




 非常に乱暴ながら興行やあとの歴史的な連続性というのを比較するに80年代のプロレスはUWFの登場などを代表とした新格闘技から、90年代には新日本はじめドーム興行に至る大興行も実現させていってるほどの拡大を見せ、ここで日本のボクシングと全く別に「プロレス・格闘技」という括りで表される形が日本のMMAの土壌となっていったと見え、この増長を可能にしたのもまた単純に比較してしまうとボクシングが興行として広がろうとするのにはプロモートサイドの戦略と、実際のボクサーの実力によってベルトを獲得していくことでマーケットのイニシアチブを取っていくことという非常に難度の高い関門にあるかに見え、これまた現代の日本MMAが問われている世界との闘いと興行の問題を先行しているようですらあるが、当時UWFはじめ新興格闘技は例えば元世界チャンピオンなどを「異種格闘技戦」の名目でリングに上げて、団体のスターに倒させる筋書きを用意することで興行を成功させてきたことが、フルに真剣勝負の競技に移行していく格闘技ブームに繋がる興行の土壌となっている、というこの比較から、アメリカのボクシングとMMAの比較によってポイントになるのは「格闘競技と興行とは?」ということになる。

 80年代までの連敗を重ね、わずかな世界王者が中心となる日本のボクシングの時代というのを見るに、現代の覇権をアメリカに奪われ、またイニシアチブをもっていた団体が分裂を繰り返し、最終的に日本の選手の競技能力を頼りに北米に打って出るも、連敗を繰り返していく現在の日本のMMAの気配を見てしまう。

 果たして日本のMMAはそのジャンル自体で人気が復活するのか?また何が浮上のきっかけになるのか?みたいな未来や希望を探る人は少なくは無いと思うが、これもまた非常に良い形の未来が実現したとしてこんな形になるのかな、なんて思うのは、90年代辰吉丈一郎選手の評だ。

 世界戦績は5勝6敗。正直なところ、リング上に記した実績を数字でみると、辰吉以上の結果を残した日本人世界王者は少なからず存在する。だが、ことカリスマ性において、辰吉凌ぐボクサーを、我々はかつて持ち得ただろうか。

 キャリア初期に繰り返し垣間見せた並外れた資質に感じた無限の可能性。激闘の見返りに被った網膜剥離をめぐり、否応なく辿った波乱万丈のキャラクター。

 そうしたファクターの偶然の結集によれ、辰吉はプロボクシングの枠を超えて俗化されて「辰吉」として存在することになり、その世界戦のすべてはかつての黄金時代をも凌駕する熱狂を喚起したのである。



 この記述からはいくつかのことを思わされる。ジャンルそれ自体よりも強い個人が見たいというのは何でもそうだが、スターが突出する構図によってようやく世間に目を向けさせること。第二にジャンルそれ自体が注目されるという可能性は薄いこと。第三に、この「プロボクシングの枠を超え俗化して」選手の名前が突出するという構図、これを戦略的に実現し、興行にするという構図。それを成功させた代表的なのが亀田兄弟と、そして日本の立ち技においての魔裟斗だと思う。




 こうして本書を引用しつつ読み返してみて、バカな類のボクシングファンが「MMAの歴史はプロレスでボクシングは本物」などというが、そのディテールを掘り下げるに確かにそれは間違ってはいないが、厳しい世界戦やマーケットを勝ち取るためにプロモーションの戦略やボクサーの実力足らずなどなどで覇権を取れないこと、それでスターが生まれにくいこと、興行上のアドバンテージを取れないことなどなどで多数の連敗を重ね、発展が行き遅れている歴史があることを見逃してはならないし、プロレス・格闘技の発展に興行上の成功を見越し大会を繋げるためにスターの勝つ筋書きというのが格闘技バブルにまで繋がっていった歴史もなるほど比べれば「偽物じゃねーか」というのも分からなくはない。

 こうして日本とアメリカのMMAの出自を探っていくことでボクシング方面を見るに、最終的に日米の広い範囲の格闘技興行の出自の問題に行きつくことや、またイニシアチブを失った後に連敗を続ける日本人などなど引っ掛かる個所を多く見つけることができる。ここで前半の頭に戻るがもう「プロレス・格闘技」の歴史と途切れたかに見える現在の日本MMAが、日本のボクシングとわずかに重なる点があるとするなら、嘘も見えるけれど華やかである歴史を失ったあとの格闘技が手に入れた、「本物」を生き残る際のあまりにもシビアで、華の薄い闘いにさらされていることだろう。

 
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