オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


オリンピックなんだし興行格闘技なんてダセーもの見てる場合じゃない

Category: プロ格闘技   Tags: オリンピック  空道  興行格闘技  武道  競技  
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 は?金取って見せ物にしてる興行格闘技に「競技として見れないファンが~」「マサトシステムが悪で~」だと?浅い!興行格闘技史上最古だろうボクシングにサッカーにおけるFIFAは無い以上、興行格闘技に競技の正統性を保証する機関は無い!ある意味全て見せ物で常にスターを作るシステムこそが結果的に王道なんだよバカ!「マサトシステム」は高度!競技は下位!さらに一段上のスターを作り続ける「マサトサイクルシステム」こそ最高!今のズッファくらいしかできてないけどな!極論してしまえばボクシングも立ち技もMMAも、場合によっちゃプロレスも全て一緒!
 
 もうそんなうさんくさい興行格闘技なんてどうでもよくなった!もう何も信じられない!競技の正統性を保証する機関や体制のある武道やオリンピックを見よう!興行格闘技側からすれば社会性と歴史性と権威性のクリシェとして、スポンサー狙いの戦略にもメダリストは機能しただろう(推測です)オリンピックこそ「競技」の最たるものだろ!そうだもうオリンピックの信者になろう!MMAとか立ち技のような新興の格闘技をうさんくさいといってボクシングこそ本物なんつって信仰するなんてもう時代周回遅れ!そいつら何もわかっちゃいないよ。そうだこれからは全ての興行格闘技を差別してオリンピックや武道こそ本物と言おう!そうしよう!そうだオリヲタになる!なに言い辛い?おかしい?そもそものKヲタ・Pヲタ・ボクヲタなんて言い方自体がイカレてて汚いだろ!オレにして見れば汚い言い方に平然としていられる奴なんて汚い人間も同然!汚さの通りKもPも死んでるけどな!差別だ差別しろ!オリヲタだけ本物でお前ら全員ジョークだから!


<<大道塾空道と、総合格闘技の時代>>
<<さてオリンピックはどう絡んでいくのか?>>
<<興行格闘技の正統>>




<<大道塾空道と、総合格闘技の時代>>
(スポーツと実戦、武道と競技、などの雑記)


  ○2012北斗旗全日本空道体力別選手権大会 決勝○

 上のリンクより録画された空道の決勝が見れます。USTでやっていたのを見ていたが、ヘッドギア有りによる頭突き・肘打ちも有効であるということで、やはり武道やそのイメージに伴う正統なんて安い先入観で眺めていると非常に過激な試合内容に映る。

 興行格闘技はあったりまえながら身体を保護する装備はグローブ・ファウルカップ・マウスピースという最小限のものに限られ、さらに実戦に近いフォルムにしようとしているMMAなどはほとんど素手に近いオープン・フィンガー・グローブで闘っていることによって、基本的に顎に一発もらってしまえば終わってしまうのを普段見ている中で、その顎に当たるリスクをほとんど押さえてしまっているあのヘッドギアによって、両者が高山vsフライの如く頭部を殴り合ったり、襟を組んでそこから頭突きを放ったりしていくという、ほとんど喧嘩のような荒々しい内容に見えるのである。(無論細かい技術やタクティクスはある)

 興行格闘技においては顎に打撃をもらわない防御技術として、打撃をもらわないようにするブロックやダッキング・スウェイバックなどのボディーワークによってかわす技術、ステップワークによって距離をかく乱する技術が発達することによって興行内容を強く彩る打ちあいというのはほぼ発生しないようにならざるを得ないと見え、ガンガンの両者の打ちあいによって即刻盛り上がり試合が一瞬で決まるというのは地下格闘技のような格闘技術が無い、喧嘩を売り物にしているという名目の興行でしか見られない。


 とりあえずそんな興行格闘技を見る頭で空道を見ていると、上のUSTは各階級の決勝戦だけなんだけど下のトーナメントからゆっくり見た感想は、そんな頭部をほぼ完全に保護するヘッドギアのおかげで、ボクシングなどと比較するとダッキングなどのボディーワークがあまり見られず、攻撃の起点にするジャブの入り方の繊細さというのは見られにくく、攻撃のブロックなどやって身体を固くしてると今度は襟をクラッチした、密着した近距離からの頭突き・肘打ちなどを放つ展開が見られ、結果、距離を測ってからの均衡を破った瞬間の正面衝突での殴りあいという、極めて喧嘩的な展開が見えるのもしばしばだ。(無論、USTの決勝ではステップワーク&ボディワークを駆使した選手が勝ち残っており、選手によるという当たり前のことながら、極めて表面的な印象であるとはいえ)

 また、寝技の攻防が最大30秒で2回までということで、柔術のような精微なポジショニングやパスといった技術よりはもうテイクダウンしたら速攻でマウントから打撃でポイントを取るか、関節技を取りに行くということを推しているだろうルールであることもまた、かなり喧嘩的な印象がある理由の一つかもしれない。

 ザックリみた中だとボクシング的なアゴ端を主に狙っていく・かわしていく精微な攻防の技術とも、柔術的なポジショニングやパス・スイープ技術などの攻防よりも兎に角打撃を打たれても当てていくこと、倒して即一本取ることを意識したフォルムであるおかげで、技術的な部分以上にフィジカルの強さの比重がよっているのではないか?という印象を受けた。ただこれは日本大会だけみた結果で、世界大会は分かってない。が、空道の世界のトップがロシアであるというのを見るに、やはりフィジカルの強度の高い印象が残る。

 
 現在のボクシング・レスリングという土壌に柔術の技術体系をミックスしていった、「新スポーツ・新興行格闘技」の北米のMMAの対照として、単純に「武道・実戦」みたいな意味で日本の柔道・空手の要素を総合した空道を配置してみたことがあったが、簡単に技術とその洗練みたいなところで見ていると、より武道としての、そして実戦としての格闘技とは何かといった部分に触れる思いになる。

 日本のMMAファイターの参入は、柔道家でもある中村和裕選手くらいに留まっているが、フィジカルあって、立ちでの組みの強さがあって、打撃か寝技かで一撃あってみたいな選手考えてると小見川選手とか北岡選手なんかが思い浮かぶ。空道で見たいようなというか。

 

<<さてオリンピックはどう絡んでいくのか?>>
(競技の正統性と権威性の最高の場と格闘技に関しての雑記、の予定だったが保留)


 初期よりもはるかにスポーツとなったと言われそうなMMAであるとはいえ、やはり多彩な格闘技出身をベースとした人間でもまだ参入できる余地のあるジャンルではある。現行の北米MMAを見るにエドガーやジョーンズなどカレッジレスリングの上位の人間が転向し、かなり体系化されたMMAを習得しているというケースが多数だ。

 興行格闘技にとってのオリンピックのメダリストとはそのまま興行上のフックとして機能させていた側面が強かったろうが、技巧的な側面で見ればそのまま産地直送の柔道なりレスリングなりの技術がリングに上がっていたとも観れるわけで、それが面白い試合になるかはともかく、吉田秀彦とか永田克彦なんかにそういう展開を見た。ただ彼らはその後に現行で完成されているMMAの技術体系を習得するほどには至らなかったとも見える。(というか今の日本ではできてるんだろうか?その意味では青木選手や長南選手がんばってほしい。)

 今ではオリンピックの柔道やレスリングのメダリストがなんらかの旨みを見て転向してくるという事例は無い。ぶっちゃけほとんど何も計算なしで転向してきたのって直感だけどホントに石井ぐらいなんじゃないかと思うんだけど(吉田や小川はJロック国保氏との連携や、「銭ゲバ」みたいなくらいリスクに慎重な人間だったりするから実質ものすごくリターンに関してうるさいと思うし)、何らかの競技エリートがMMAに関わり、技術体系に変化を促すというケースは日本ではもっともっと少なくなっちゃうのかとも思う。

 まあ今年はロンドンあるし、上手くこれも広げて行けたらなあということで書こうかなというテーマの予告を。

<<ロンドンで活躍するレスラーは>>
<<女子格闘技は一人の柔道・福見友子によってたやすく瓦解する>>
<<柔道にて、柔術技術を持つ人間が混ざり合う瞬間>>

 まっ大会が始まったらまたこの辺記事にしていくかも知れません。
 
<<興行格闘技の正統>>
(興行と正統、競技の正統性を審査するものの有無の雑記)


 とりあえず真剣勝負である興行格闘技の、近代でもっとも実績と歴史のあるボクシングに、競技の正統性を統括する、サッカーにおけるFIFAのような監査機関が機能していない以上、全ての興行格闘技にはある意味では興行的な利潤に左右されない判定基準などなどを締める規律が無いとも見える。

 大ざっぱな判断をしてしまうと,格闘技がプロとして金を取る興行にしてしまう場合、たとえば打撃での有効打をポイントにしていくような極めて客観的・整数的な判定にしてしまう場合には、かなりのところ純度の高い競技性を獲得できる代わりに、見せ物としての面白さというのを削いでしまう。という相克がある。この辺は長尾氏の「ジャッジが分かれば競技が見える」の通り。

 ボクシング・MMAなどなど全ての格闘技の出自が関係しているかはリサーチしていないが、どうしても興行という部分に引きずられてしまうというのは確かだ。現行のボクシングに見られる他団体化や多様な王者の存在を許す現状というのは、普遍的な競技の正統性、王者の権威という実体から遠く離れており、WBAなどの承認団体もプロモーターと団体による需要と供給の構図による王座戦の収益構造によって今日の現状となっているようなのである。(この辺の構図は実際にボクシングのプロモーションに関わっている「バンコクより愛を込めないで」様の記事が大変わかりやすいのでお勧めです。)

 それゆえに、格闘技が興行的な利害によっていくらでも競技性や王者の価値も変動するという現実を先行しているのがボクシングであるともいえ、こういう時代であるとその価値の軸ずらしというのを行っている事例が見当たる。もうパッキャオやメイウェザーなどは名のあるスターを倒しに行くという流れがベルトの価値や多階級制覇よりも先行していると思うし、おそらくは80年代に形成された米国PPVビジネスラインの王道、なのだと見える。

 今日のボクシングの現状による、評価の軸ずらしつったらやっぱ亀田だ。もう更新しなくなっちゃったけど、この軸ずらしによる批評を暴論ギリギリで「世間を煽り、衆目を集め、物語を紡ぐ彼こそが現代プロレス」といって賛美していたつるじょあのおっちゃんなんかはプロ格における井上義啓・ターザン山本的な、正確性(現代プロレスなどの造語に対する定義など)や地力(ソースを明確にする資料やインタビューを引用すること)は薄いがとんでもねーフックの強さによって、反発を食らいながらも(ボクシングはターザンやI編集長は基本許容してないメディアだし、分かり易いくらいにボクシングファンが怒る・笑)亀田は何を新たな評価軸にしたのか?の時代を知れる批評を書いていたと思う。


 ボクシングというのは知らなきゃ「格闘技で一番正統性のあるスポーツ」に見えるが、その背景を知るごとに、新興格闘技の行きつく未来またはキャパシティの限界値というのが測れるジャンルであると見ている。今はUFCがかなりボクシングに近く、オリンピックにMMAという競技を通そうとまでしている点などやはりジャンルの変動の前線にある仕事をしており、未来はどうなるのかは分からない。
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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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