オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


興行格闘技は見せ物で上等・UFCヘビー&新K-1の雑記

Category: プロ格闘技   Tags: UFC  MMA    K−1  
地雷原
 新K-1と最近のUFCと、どっちも興行格闘技の王道・ヘビー級の試合がメインであり、それだけに格闘技を単なる(それを実現するための公平性や普遍性を作る体制に言及せず、一部分の視点でしかない技術応酬という自分の趣味嗜好を押し付ける程度の浅い)スポーツ化を求める純粋さ(マヌケさ)からは確実にこぼれる興行格闘技ならではの本質が見易くて面白い。それゆえに興行格闘技がいかに見せ物として市場価値を高めていくのか?の簡単な雑記。(あんま追い切れたエントリじゃないかも)




■立ち技だけでしか見れないものとは?「純立ち技」の象徴的なダニエル・ギタ■

 今の興行格闘技の市場や人材、取り巻く背景や地盤といったパワーバランスというのは大ざっぱ(こればっか)に言ってアメリカのPPVビジネス~地上波といったラインで、ボクシングはベルトの世界分布図なども含んでいかないとあんまハッキリ言えんが、ベルトの価値以上にパッキャオ・メイウェザーにスターがスターと闘う方向性に評価や興行の軸線が移行している現実が見られるし、MMAはUFCがほぼ独占体制となり、そこからオリンピック競技化を目指そうとするなどしてなお成長の過程にある。

 当たり前ながら現在のジャンルの進歩の芽というのはこのような体制が整った場でしかあり得ない。書きながらFEGが結局のところ苦し紛れの発表だったPUJIとの業務提携の話があったころに「北米はもう開拓されて介入できない」と言ってたのを思い出した。

 そんな感じでジャンルの進化・競争という観点に絞って、立ち技の世界をアメリカの興行背景にアジャストしたボクシング・MMA比較すると、日本の地上波を最重要ポイントとしていた立ち技の最大のプロモーションであったK-1を失って以降の迷走ぶり(それはクソ真面目に歴史を紐解くと絶対無視できないムエタイと闘うまたは協調したいのかという背景の問題から誰でも観て楽しめるボクシングキックエンターテインメントにしたいのかなどといった)は凄まじい中で、FEG倒産などの内部のごたごたを経てようやく新K-1が開催された。という流れだが、同日に長らくチャンピオンだったシュルトと興行を盛り上げる顔役のジマーマンが別興行で出ていたりと、まだまだ復活つうかリロード中という感じ。


 バダ・ハリの試合に関しては正直ボクシングに転向するにあたってキックに完全に手切れのような気持ちでサキを倒した後なのに、K-1がここで再稼働したことで持ち上げられた形なんだろうが、そのせいで進路がかなりブレたせいではないかと見える。

 K-1が拡大できるかどうかは、もう基礎に乗っ取って名誉と報酬を元にいかにスター選手を生み出し、興行のラインを敷き、トップからボトムにいたる選手層を拡大できるかに尽きるんだが、そんな正論を言っても欧州圏の若手格闘家志望はある程度名誉と報酬が見えているだろうボクシングやMMAを蹴って立ち技に行くのかどうかは分からない。

 格闘技バブルを越えて、ボクシングやMMAがアメリカPPV最上の視点で行けばなんだかんだでいちジャンルとしてサーフしている現状、オレは今現在の立ち技だけが観れるものってなんだろうななんて思う。その答えはそれぞれだろうが、技術面やその筋一本でやっているといった選手という、極めて保守的な答えになるとダニエル・ギタが立ち技でしか見れないものの一つと思う。それはボクシングキックと言える現K-1ルールにてムエタイのスタイルを咀嚼し、下がりながらでも打てる打撃などで相手を引き寄せてのカウンターなどKO率の良さなどなど。

 が、これはプロレスにおいて丸藤正道やプリンス・デヴィットを褒めるのに近く、ボクシングにおいてはミゲール・ガルシアを褒めているのに近い。要は爆発力やジャンルを超え拡大させるポテンシャルが集中している選手ではなく小器用な上手さや型を褒めあげるのに近い。いわゆる現代の流れから遮断した純文学の「純」みたいな部分に近い純立ち技とも言うべき宮本輝とかあの辺の小説を読んだ時のような印象に近く、批評家の大塚英志氏だったかがそんな文壇の現状を「文学は不良債権」といったのに似て、立ち技というコンテンツの不良債権化は解消可能かなどと思うのだった。



■UFCヘビー級のセミに甘んじたヴェラスケスVSアントニオ・シウバ 市場価値の上昇の難度■

 オレはストライクフォースのトーナメントはアントニオ・シウバが優勝するんではないかと思っていたし、UFCはヴェラスケスが長期にわたって王者で居続けるのだろうと思っていた。それで最終的には優勝したシウバとヴェラスケスとの一戦が実現すればこれは興行的に大変価値の高い一戦になるだろうと思っていた。

 しかしストライクフォースはズッファに買収されるなかでアリスターがUFCに移籍することになったりすることでブラされ、全く予想していなかった強豪ダニエル・コーミエがリザーバーとして登場し、その五輪クラスのレスリングのフィジカルと技術の上に現代MMAの技術体系をインストールした能力によって、なんとシウバとジョシュを破り優勝してしまうことで、結果ストライクフォースのトーナメントの価値や目的はぶっ壊れて終わった印象が強い。

 ドスサントスとミアの一戦の結果は見えていたと言う人は少なくないだろうが、セミに行われたヴェラスケスとシウバの一戦は凄惨でありここまでの決着は予想がつかなかった。一方で、この幻のヘビー最強の一戦を興行の山にし切れず、ヴェラスケスの市場価値を上昇させ切れなかったという気持ちもある。(とはいえ挽回可能だけど)


 ここで改めて思うのは如何にして選手や興行の価値を上げていくかということであり、とりあえず真剣勝負で回数を稼げない格闘技においてはリスクが高く、運営側が操作した所で限界がある。運営がかなり干渉しても日本の最高記録は魔裟斗まで。常に興業は次に繋げるために確証の無い博打をやり続けているかに見える。そして博打に負けると本当に身ぐるみはがされたり沖縄にてサッカーを運営することになったりするのである。(そのサッカーに行った氏が復帰するという噂もあるが、仮に復帰したとしておそらくは現在の石井和義氏と同じくらいには活躍できるのだろうと思う)

 今回ヴェラスケスvsシウバに関してのこうした感想は正直ものすごい高望みではあるのだが、やっぱ誰の手も届かないような文句なしの世界最強のヘビー級という興行格闘技最大の価値を作り上げるのは相当の運やタイミングもかかっているのだと思われ、そしてそれはUFCに限らずボクシングでも立ち技でも、あるいは、かつての団体間が興行的勝敗を巡って駆け引きのあった時代のプロレスでも、そうした高い市場価値を得ようとする確証のない博打を闘っているということを再確認するのである。

 
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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

 新K-1と最近のUFCと、どっちも興行格闘技の王道・ヘビー級の試合がメインであり、それだけに格闘技を単なる(それを実現するための公平性や普遍性を作る体制に言及せず、一部分の視点でしかない技術応酬という自分の趣味嗜好を押し付ける程度の浅い)スポーツ化を...

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