オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


フードファイター小林尊拘束/アメリカの「スポーツ」/米国による欧州の模倣

Category: 米国基地   Tags: 小林尊  スポーツ  アメリカ  大食い  
シルクスクリーンと拳銃

本来どうでもいいニュースであったはずなのだが記事を読んでいる内に驚愕に値する事実を発見した。私たちは、まだ本当のアメリカを知らない。

<<BGM・松浦亜弥「Yeah!めっちゃホリディ 」(文字クリック)>>
 

優勝者に声かけるつもりが… 早食いの小林さん拘束 

 【ニューヨーク=田中光】ニューヨークで4日開かれた米独立記念日恒例のホットドッグ早食い大会の会場で、元王者の小林尊(たける)選手(32)が身柄を拘束された。米国では有名な「フードファイター」として知られる小林選手だが、契約の壁に阻まれ、出場を断念せざるを得なかった末の逮捕劇だった。

 大会終了後、1万人近い観衆側にいた小林選手は係員に促されるようにしてステージに上がったが、警察官に制止され、そのまま公務執行妨害などの容疑で逮捕された。「自由にしろー」とファンの声援を受けながら、近くの警察署に連行された。関係者によると、優勝者に声をかけるだけのつもりで、大会を妨害する意図はなかったという。

 小林選手は、2001年に初めて参戦していきなり優勝。小さな体で巨漢の米国人を破り続けて、6連覇を果たした。米国では「ツナミ」の愛称を持ち、世界ランク3位だ。今大会はスポーツ専門テレビ局で生中継されるほどの「人気種目」で、ピザなど各種大会も一つのスポーツとして確立するようになった。

 小林選手は、これまで米国の競技団体「国際早食い競技連盟」と契約し、プロの競技者として生計を立ててきた。ところが、今年になって団体が主催する大会以外の北米での活動を制限する条項をつきつけられた。これまで出演してきた大手ビール会社のCMや、慈善大会など活動の幅が制約されてしまうため、弁護士を介して制限条項の除外を求めて交渉を続けた。数百万円にのぼる出演料を辞退してでも出場すると申し出たが、かなわなかったという。
 昨年の大会では10分間にホットドッグ64個半をたいらげたが、世界記録の68個を食べた米国人に及ばず準優勝。今年3月から競技生活の拠点を米国に移し、練習を積んできた。小林選手は大会前、「自分を育ててくれた大会だけに出場できないのは、ほんとに残念です」と話していた。

                       (朝日新聞より 下線引用者)
 



 自分はゼロ年代格闘技バブル崩壊にともなう「格闘技の競技化」の問題に関しては「コミッションや連盟を設立して競技の正統性を保証する機構を整備しない限り、どんなに団体がスパッツを禁止するなりステロイドを禁止するなりしようが、結局のところ自主規制にしかすぎない。限られたマニアの「ガチじゃないのか?」といった不信の目をそらすための措置としてのしょっぱい縛りのみで競技を、スポーツを名乗れるのか?」といった意見なのだが、一方で日本におけるそうした協会・連盟監査機構の整備というのは興行の「スポーツの根拠」という風になりきれず、協会が既得権益を確保しようと全く動けなくなり、強い社会的根拠を持つ一方で内向きになってしまうという事になる懸念もある。W杯前の岡田監督の更迭問題をどうみても協会内の保身の問題で先送りにしたとしかおもえない日本サッカー協会や、(今回の結果にて手のひら返したように賛美するクソ以下の後だしジャンケン野郎が口蹄疫感染よりも早く日本を覆ったが、根本的な戦略の問題などの欠陥は一切改善されていないわけなのだし、果敢にその点の批判を続けた言説を行った人間の意見に自分は完全に同意している。)賭博問題に揺れる大相撲協会の対応などをご想起いただければありがたい。
 
 こうも「競技化」に関して機構や連盟の設置に言及するのも、次の引用を見てもらいたいのだが
 

スポーツ」の語源 (例によってウィキペディアより)

スポーツ」の語源はラテン語のdeportareにさかのぼるとされ、「ある物を別の場所に運び去る」転じて「憂いを持ち去る」という語感、あるいはportare「荷を担う」の否定形「荷を担わない、働かない」という語感から、古フランス語のdesport「気晴らしをする、遊ぶ、楽しむ」を経て現在のsportに至ったと考えられる。

その原義は現在も保持されているが、意味するものは時代とともに変化している。17世紀 - 18世紀には、sportは新興階級の地主ジェントリの特権的遊びである狐狩り等の狩猟を第一に指した。

しかし19世紀に入ると、キリスト教徒 (muscular Christian) 運動や、運動競技による人格形成論が台頭。sportとは、統括組織(競技連盟など)によって整備されたルールに則って運営され、試合結果を記録として比較し、その更新をよしとする競技を第一に意味するようになった。これが現在も行われている近代スポーツである。
 


 と、以上のように「スポーツ」は欧州圏の歴史により発展し、今日までの形式を保っているわけなので、特に最後の文節の「sportとは、統括組織(競技連盟など)によって整備されたルールに則って運営され、試合結果を記録として比較し、その更新をよしとする競技を第一に意味するようになった。これが現在も行われている近代スポーツである。」ことから「スポーツ」が社会的なものとして認知されることの根拠なのだと自分は言っており、なぜあまり「競技化」推進者はその点に言及せず、スパッツやステロイド、またはレフェリングなどの部分的な、言ってしまえば「ガチを謳っているんだろうが、ここには八百長がひそんでるんじゃねーのか?」という検証程度に収まってしまうのかと思うが(カミプロを想起されるかもしれないが、特に「競技化」というタームでの編集方針が強いゴン格のほうにそうした違和感を自分は感じやすい。)、しかし「機構や連盟を設置することに伴う競技の社会的な根拠の獲得」というプロセスに各国、各地域のメンタリティ、あるいは歴史性が集約されるのだとみるが、アメリカではおそらく世界のどの場所でさえ「ショー」にしかなりえないだろう「早食い」というものにさえ、ランキングが整備されるほどの競技団体「国際早食い競技連盟」が設置されていることに、ここに政治でさえもやることなすことすべてがショーと化し、ハリウッドはじめ世界に虚構のビジネスと規範をバラまいた、ヨーロッパのカウンターとしての歴史を紡いだアメリカのメンタリティの極致がここにあると思う。現場を知らない自分があれこれ言うべきではないかもしれないが、かの国では「大食い」が「ショー」ではなくスポーツとなっている、ということは逆説的な極論だがアメリカにおけるすべてのスポーツもまたそれ以外の世界からすれば実は「ショー」なのかとすら思え、「ショー」であることで虚構を生み出してきた国家の国際大食い連盟による「世界ランク」の「世界」の閉鎖性もまた、欧州圏のシステムを換骨奪胎し、国家の規範を制定してきたらしい、「国際世界」の凶悪なミニチュアたる米国ならではだと思った。

私たちは、まだ本当のアメリカを知らない。  
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