オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


柔道でもみんな知らず知らずのうちに「見立て」の言葉遊びをしている

Category: 欧州構造体系   Tags: ロンドン五輪    柔道  松本薫  中矢力  
OR・G2

 日本の格闘技史に乗っ取ってみれば、昔からプロレスと格闘技をごっちゃにして色んな人が「何がプロレスか、格闘技か」といったジャンルを見立てていく言説があって、時に面白く時にうんざりしつつ面白がっていたのだが、これは様々なジャンルが交錯する歴史である日本の興行格闘技のみの特別な現象だと思っていた。

 しかし、今大会の柔道を取り巻く言説などを見るに、これも近いようなことになっている気がした。というのも「もはや武道ではない」とか「スポーツになってしまった」などなどの意見を見かけ、これは五輪というスポーツという制度の極致である場所に、紆余曲折あって武道という柔道が採用されているという2重性のせいでこんな「何が柔道なのか」という感覚にみんななってるんだろうか?ということで意外にみんな言葉遊びみたいなことになってるなと見えつつの
<<ロンドン五輪・柔道観戦記録>>

<<最高試合は男子81kgスティーブンス(アメリカ)vsビショフ(ドイツ)>>

 MMAや柔術を観てると、やっぱり柔道でも寝技での亀になった相手をひっくり返す動きやパスガード、それからサブミッションを狙う動きのほうに目が行く。そのせいか投げ技を逃れて亀の状態になっても果敢に仕掛けていく選手のほうに肩入れして見てしまう(このあたり、オレが現代柔道のタクティクスをあんま分かって無いゆえの趣味嗜好の話であるけれど。)
 
 ロシアの台頭・中東諸国の躍進などが印象深いが、連日の大会を見ていて一番印象深かったのが男子81キロでのスティーブンスvsビショフであり、スティーブンスはシャードック情報だとヘンゾ・グレイシーのチームとも練習しているという柔道選手で、そのせいもあるのかは分からんが立ち技の強さに加えサブミッションにて勝ち上がっていっている。

 対するビショフなどは(まあ乱雑な見方なんだけど)寝技へのプライオリティの高いドイツの柔道らしさの中核のような選手と思われ、そのようにトータルの競技能力の高いもの同士の接戦は、観ていて大昔のDREAMのアルバレスvsハンセンを観ていたときのような感動というか―見立てれば、世界的に浸透したという柔道の一つの世界観が切り取られたような試合とも映った。

 それは反語的には日本柔道らしさとの距離を示すような光景だったとも言えそうで、スティーブンスの受ける負傷の絵面、試合中にエキサイトしての両者のにらみ合いや、削りあいになっての延長戦の死闘のあとの旗判定で分かれる明暗などなど、これが欧州・米国の柔道なんて思って見ていた。

 まあどれくらい名勝負だったかというとこんな記事になったくらいということです(笑)
 
<<日本人では中矢力選手と松本薫選手の二人が日本人で一番面白かったです>>

 「松本君が、絶対に勝ちにいこうとする闘志と顔芸を、中矢君が、日本に欠けがちだった冷静な寝技と、名前のおかげで長州とかドン中矢ニールセンとか格闘技クラスタが見立てれば見立てるほど、福田力に似てきて見えるということを教えてくれた。君たちは・・・(省略)」
 終わってみてこうして二人を振り返ってたらスラムダンクの安西先生と化してしまったが、日本柔道の結果から見直すと見事にこの二人が今回散々批判されている部分をフォローする闘いを見せることが出来ていたというか。

 ところでオリンピック前に「女子格闘技は一人の福見友子によって瓦解する」とか書こうかなと思ってたが、ああなるとは思わなかった!ごめん!改題!「一人の松本薫によって瓦解する」・・・これは通りが良すぎる。仮にMMA転向したとしたら銭を取れますよ!リアル・ディールですよ!

 ところで途中から「たとえば柔道のスタイルによってMMA転向後のスタイルの傾向はある程度予想できるだろうか?」みたいなことを考えながら見ており、けっこう伝統的な柔道の組合いで闘い、成績を出してきた(だろう)吉田・小川・石井などなどは打撃ありでステップワーク・ボディワークなどを駆使するMMAでは距離の作り方が違いすぎるから苦労してるシーンがあるなあ、と思わされ、ボクシング技術を習得することにプライオリティのあった秋山や小見川は柔道時代もかなり組み手での距離感を重視するほうだったのかな、なんて妄想しながら観ていた。

 中矢選手はやっぱMMAに行ったとしたら苦労しそうだとか想像する一方で、ここで松本薫選手のスタイルを見ていると「これは、本当に乗れれば半端ないもんになれるんじゃないか」みたいな妄想が止まらなくなる。際で見逃さずに攻め込む集中、メキシコ人ボクサーが顎へのダメージを軽減するために行うと言う何かを噛んでいるかのようなストレッチ法から、今大会ではそこまでそのシーンには繋がらなかったけど寝技の強さもある。これ普通にいいところに行くだろうななんて思った。


 と、選手層がまだまだ薄いと言われる女子のMMAにて、柔道銅メダリストのロンダ・ラウジ―がストライクフォースのチャンピオンになっているくらいの状況であり、仮に仮にMMAに行ったとしても海外の同階級の選手らとは渡りあえるんじゃねえのなんで想像し、また何よりあの表情のある選手ってのは現行の中・軽量級のプロ選手でもほとんどと言っていいほど見かけない。


 ところで小見川の最近のUFCでのガンバーリャンとの試合を観てたら、すごくいい右ストレートの入り方してるのに慎重になって負けているのをみて、やっぱ現役柔道時代も慎重すぎるとこあったのかしらんとか思った。

<<タックル禁止ルールになっても強い奴はふつうに対応してると思わせる
北京五輪金・今大会銀の100kgのナイダン(モンゴル)>>


 前回の北京五輪で鈴木圭治をタックル(双手狩り)で一本勝ちし、そのまま金メダルまで取ったモンゴルの選手を覚えているだろうか?それが今大会でも決勝に残ったナイダンだ。

 もう足への攻撃が禁止になり、それは柔道のジャンルの意義として一本を目指すことや積極的に組み合うことに向かわせる一方で異分子の戦術を排除していくかのような処置とも見え、ナイダンはそこで省かれるものか、と思いきや、普通に立っても寝ても強い選手として決勝まで勝ち残っていたのである。

 なにやら柔道がこうしてスポーツ化しすぎている、あれは武道ではないなどとここのところ言われるけど、まだスポーツという概念がなく武道が武道であったころの逸話などを紐解いていくと、実際にはどん欲に他の格闘技から学習したり環境の変化でも勝ちに行けるような方法を探っていってるという話も多い。今大会で柔道は武道ではなくなったとかどうとか言われるが、オレにはやや不利になってるルールになってもこうして対応しているナイダンのほうにこそ、どん欲で柔軟に勝ちに行こうとし、強くなろうとする武道のエピソードが重なる。


<<穴井の敗戦から痛感させられる日本柔道のコンセプト>>

 「NUMBER」での今大会の柔道の記事を読んだのだが、なにか奇妙な感じがした。

 なぜか金が獲れない……男子柔道。日本柔道の方向性は間違いなのか? 

 この文章の何を奇妙に感じたのか?

①試合内容や大会の傾向ではなく、「金メダルを取れたかどうか」に話題が絞られる
②ロシアの躍進や寝技でのドイツなどの活躍など、海外の柔道のディテールに関してまるで言及していない
③上二つを無視したうえでの結論が「一本を取る日本柔道で世界にアピール」

 つまるところ近年の日本柔道の共通認識がおおよそがこの文章に集約されており、オレが大変不愉快になる要素で書かれた文章だ。

 しかし大多数がこうした認識で見ているだろう日本の柔道を見るに、穴井の敗戦に関して少々思うところがある。

 もういろんなところであの寝技で亀の状態をひっくり返され、パスガードされて抑え込みにはいられてしまった試合内容に関して言われている。真意は本人とチームの人間だけにしかないというのはわかっているにしても、オレには穴井の敗戦はこうした日本柔道の共通認識を背負い込んでしまってたせいであるように映った。

 驚くのは今回の海外の躍進によって「柔道がJUDOになった」(最悪の一文)といった言葉をたびたび見かけ、柔道はスポーツになった、武道ではないというようなことが各所で言われていることで、これが日本のプロ格闘技関連がこれまでに時代状況による環境の変化の中で「これはプロレスじゃない、総合じゃない」みたいなことを言い出していたことと酷似していることに気付く。最近ならUFC台頭による「ケージ・リングがどうの」とか、ネバダ基準の判定がどうしたとかで日本のMMAとはみたいなあれだ。

 観る側であるオレなんかはボーっとしてるとついつい「ジャンルの本質論とはなにか」みたいにどこまでも観念的に観ていってしまうものなんだけど、冷静に考えても実際のプレイヤーである選手は「何がプロレスか、ジャパニーズMMAか」というようなコンセプトとか関係なく、どういう練習をしてどういうふうにして試合展開作って勝ちに行くか、ということをどこまでも考えているものだと思うけど、どうも柔道に関してもそういう所があるようで、しかも競技の祭典たるオリンピックならそんな「何が柔道か」みたいな見立てよりも、まず先に試合内容や世界的な技術の進歩面に言及されるものかと思っていた。何が「武道」で「スポーツ」なのかという、一長一短には決して答えのでないものなのに、感情的になってそれを持ちだすという、どうやらここでも観る側の趣味嗜好や既成の意味に乗っ取った観念的な「見立て」の言葉遊びは健在なようだ。


 しかしこういう言説が現れるというのも日本の興行格闘技界隈の歴史を演繹するに、柔道の過渡期ということなのだろうか。今の日本のMMAの構図とも、似ていると言えば似ている。

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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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