オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


極東にてジュリーが監視している

Category: 欧州構造体系   Tags: 柔道  判定  ジュリー  スポーツ  武道  ボクシング  
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ロンドン五輪格闘技の雑記録

<<ジュリーが監視している>>

<<オリンピックのボクシング>>

<<ジュリーが監視している>>

 ジュリーってなんだよ!オレはあのー、ビデオ判定をやってる人の愛称かと・・・

 今大会の柔道は見ていて本当に審判員の進行が奇妙で、投げを打ったのに何らかのポイントが入ったのかと思いきや、副審を呼んでの訂正が入るというが頻発し、ギリギリの線で闘っている選手たちの精神を生殺しにするという「勝ったか!」と思わせておいて梯子を外すなんて、ハリウッド映画のストーリーラインか!(主人公の宿敵が死んだと思いヒロインと愛を語らう瞬間に実は生きてて邪魔をみたいなやつ)それを現実にやられることのうざったさというか、ハリウッドがそれを連発させるラインのせいで飽きられるというのを証明し直すかというか、ここまでの前置きはどうでもいいというか。

 ビデオ判定の導入は色々言われる篠原監督vsドゥイエのシドニーでの誤審以降に、2007年から本格運用されていったとのこと(ここまでウィキ引用)で、今回のオリンピックになるまでの世界大会を見れているわけではないが、再審がこうも起こるのは見て段々ビデオ判定側の客観性・正確性の方向に比重がいってるということだろうか?

 近年のあり方に対して「ポイント柔道」と揶揄されることもあるが、柔道に関しては他の格闘種目と比較するとその競技性は完全にポイントに振り切ったルールや形式と見るよりかは、まだどこか審判の主観的な判定の差し挟まれる隙があると見え、試合を見ていても投げを打って肩を付けるという決着もどこから有効になるか?が見えにくい曖昧な瞬間があるように見える。これは相撲なんかも曖昧な瞬間あると思われ、だからこそ主審に加え副審が存在していき、より客観的に正確にジャッジができる環境が整備されてきたのだと見え、ビデオ判定というのはそれよりもさらに客観的で正確な視点であると思う。

 「スポーツ」と化すならばその客観性・正確性をどこまでも整備していきたいものだろうと思う。しかし柔道に関してはその客観性や正確性に関してはどこか曖昧なレベルでストップしているのかもしれないなとも思う。まあ海老沼のアレは極端過ぎる例だし今大会の判定はどうも柔道に限らずひどいんじゃないかというの話もあるけど。

 もう格闘競技においてのジャッジのポイント制による客観性と正確性の極限ってのはフェンシングだろう。あれは主審・副審など人間の主観では判定が曖昧になるゆえに器具にどちらが先に攻撃が入ったかの電子機器が整備され、入った瞬間にアラームが鳴り、攻撃が入ったサイドのライトが突く。さらに厳密にビデオ判定も整備されることがジャッジの環境となっており、対戦する選手の間に入り判定する主審が存在していない。徹底的に曖昧な主観性が差し挟まれることを排除した方針は、オレには本来決闘や武術の一形式であるものが西欧式の厳密なスポーツに整備されることの極北であるとしか思えず、そのアラームが鳴り響き防具にライトが点灯する試合光景はちょっとしたSFみたいにさえ見える。

 そうした視点から柔道を見直すと、本当にこれは「武道」と称されるものと近代的な「スポーツ」の旨みを両立させることを保たせているかに見え、「立って一本を狙わせる、美しい柔道を目的にする」という足への攻撃が禁止されるなどのかなり大きなルールの変化などや効果の廃止などなど、他競技もルールの変更はあれど柔道で見られるような大きな変更はあまり無いのではないか?このあたりも含めて柔道は武道の観念とスポーツの現実的な整備の合間を行ってるかに映る。

 さらにスポーツ的な客観性と正確性を追うとして、この判定の曖昧さを孕んでいるゆえに、柔道着に電子機器が整備されて肩付いたレベルによってランプの色が、みたいなことに振り切ることを、こと柔道に関しては生理的な部分で嫌悪感はある。みたいな妄想さえ含めて、何か曖昧なレベルを保っている競技であると思うのだった。


 それにしてもジュリーという正式名称もなんとかならないいものか。なに慣れれば問題ない?お前は放射性物質の舞う日本に慣れろというのか? 

<<オリンピックのボクシング>>

 NHKのロンドン五輪放映サイトより。ここで試合が見れる。個別で気になる試合は「試合結果・経過」の項目でのトーナメント表にて各試合の動画が見れる模様。日本人では今のところ清水聡(バンタム)鈴木康弘(ウェルター)村田諒太(ミドル)らが二回戦に進んでいる。

 しかしプロボクシングを見慣れてるおかげで、このポイントで決まる試合展開は見始めた直後は面食らいもする。ダウンもかなり早くとるし、プロボクシングとは確かに意味が違うよなあと思うあたりで見慣れてくる。

 興行格闘技中ではアマチュアとプロというのがきちんと整備されているもので、オリンピックでのメダリスト出身の有名ボクサーも数多いが、ここでもまた日本はどうなんだろうとも思う。あまりリサーチしてなくてちょっと説得力の低い話になって申し訳ないが、ちらっと調べたくらいだと、今年亡くなられた桜井孝雄氏が唯一のボクシング五輪金を取った選手でプロに転向するが、あまり芳しくはなかった、という話を見るくらいだ。

 それにしても興行格闘技には非営利で競技の正統を監視するFIFAのような機構が無い、というフレーズをもううんざりするくらい書いたけど、実際一番歴史あるボクシングでさえもそういうレベルであるのかなあとこのダナ・ホワイトの言葉より思わせる。アマチュア競技化という、格闘技というジャンルの一つのレベルの強化も本当に難しい。(まあだから他スポーツより本質論や魅力にあふれてるとも言えるんだけど)

OMASUKI FIGHT様より抄訳

なんといってもMMAというのは、すでに五輪競技である他のスポーツを組み合わせたものなんだ。とはいえ、自分はアマチュアMMAというのはあり得ないと考えている。そんなものはないんだ。選手に払いたくないプロモーターの方便に過ぎない。本物のアマチュアMMAなんてものは、五輪委員会がアマチュアボクシングを管轄しているのと同じようにやってくれるまでは、まともには存在しないんだ。

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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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