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MMAは残酷・・・・・だった・・・か?残酷さとはどこに?

Category: ウェブ線上の批評   Tags: MMA  
夜 建造


  

 このツイートの元であるタイでMMA禁止というのはやや古い話題で、エントリにしようと思って書きそびれちゃってたんだけど、ツイッターを見ていて流れてきた続報で情報で「MMAは残酷」の文字を目にした瞬間に言いようのない温度差を感じた。それは「タイ政府は無理解」とか「ムエタイの圧力か?タイファイトあるしな」ということでもなく、単純に「えっ、残酷だったの?」ということに自分が驚いているという話だ。

 この話は別に「格闘技を見ない側からはそう見えるから」ということではなく、逆に否定している側からすれば印象の中ではそう見えている「残酷さ」ということで、自分で驚いたというのはやはり興行格闘技を見てる上で外せないその属性を、最近のMMAからはほとんどと言っていいほど感じなくなっていることだ。

 現在の北米MMAをメインに見ている人ならばたぶん同じ感覚だと思うんだけど、今の金網の中での試合にバイオレンスやあるいはスプラッターの要素を観取ることはさして無いし、心象的には他のプロスポーツを見ている時に試合を読み解いているのとさして違いはないと思う。

 競技能力の進歩によって試合内容が技術的に高度になったものを常に見ているのもあるし、また「選手の権利や安全」という意味でUFCなどは契約選手に保険を適応させているという環境を整備しているのも、何か残酷さというものから手を切って行ったことと関係あるだろうし、実際にUFCはMMAの興行を禁止している州の解禁を常に行っているところであるし、オリンピック競技にMMAを採用させようともしている所だ。そうした拡大を目指しているゆえにあからさまにスプラッターな見世物みたいなものとは真逆と言っていい、新興スポーツとしてのグレードの高さが印象に残る。

 現行のUFCを中心とする北米MMAのグレードの上昇と共にそうした残酷な印象というのが薄れていっているが、振り返れば格闘技バブル期のPRIDEなんて四点ポジ膝でサッカーボールキックありでスター選手贔屓判定ありで煽りビデオで対人関係いじったりの残酷博覧会のような様相を示したわけで、それは今からすればグレードの低いものだったかも知れないが、当時としてのヘビーの選手の競技能力に加えた多方面の残酷さを見せた興行、というのは興行格闘技の極限であり本質そのものにまで達していたのは確かだ。

 興行である以上ある種のタブーかもしれないが、最大のフックでもあるこの残酷さというもの、それは初期のUFCからアウトサイダー、もっと前のバーリトゥードなどなどの喧嘩の見世物(※)みたいな、良識ある人には「見てはいけないものを観た」とさえ感じさせるもので、いまさらながら1993年からの格闘技革命の連鎖の時代、あれはそういう残酷さが解禁された年でもあった、と言え、そこから様々なレベルでの残酷な現実を突きつけ、そして見世物へ変えていったのである。

 しかし19年後の現在、実に残酷さというのはジャンルのグレードの上昇とともに、気がつけばほとんどと言っていいほど感じなくなっている。この前のジョーンズも、アンデウソンも、ソネンも、そこにどんな残酷さがあっただろうか?まったく逆のグレードの地下格闘技なんかに残酷さはあるのか?いやあれは低いグレードでの話だろう。選手の人格が興行全体に投じられた上で、その勝ち負け次第でどちらかが終わる、というレベルの残酷さなど、興行格闘技が提示する残酷さのグレードにも地層があるのだ。

 しかし格闘技と残酷というのは適当に書きながらなんだが切れないテーマだ。例えばその残酷を押し込めてなんとかスポーツ、世界の権威ってことに仕立て上げるとストイックな聖域にあるような共通認識の日本のボクシングになるし、その裏返しに亀田のようなダーティさに異様に敏感であるという気もする。(ゆえに亀田兄弟vs内藤の一連の試合には一抹の残酷さが漂っていた。それはバッシングなんかを込みにした見世物と言う類の残酷さでありオレの好みではなかったにせよ)

 格闘技をろくろく見ない人々にとっては、ジョーンズが上からビクトーに落す肘の光景はまるで見なれないものでそこに残酷さを見出すのだろう。がしかし、オレには今のUFC以上に残酷ではなくクリーンなものになっていっているものはないように見えているし、また現在抱えている「負傷欠場者の続出によって大会開催に支障をきたしやすい」みたいな問題なんて平均的な(そんなわけないが)企業の一つの光景に感じてしまう。オレは残酷な光景をとみに目にしていないことに逆説的に気付かされたのだった。

 格闘技の残酷が露呈された瞬間、そこにその時代の何らかが凝縮されるのだと思うのだが、しかしジャンルのグレードの上昇と真逆に提示される残酷さのグレードが縮小されていっているように感じている。


(※ そういや昔のプロレスの本で蝶野雅洋が初期のUFCを「ケンカもしたことの無い奴が見に来ている」と言ってて本当に良識ある選手だと感じ入った。プロレスのヒールは興行格闘技界全体で最大の良識派の一派だ。鈴木みのるなんて格闘技ともまたいでいるわけで、つまり最大級の良識者であるし。「ジョン・ジョーンズやグレッグ・ジャクソンについて飯塚高史に聞く」という未来が望ましいのである。)
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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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