オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


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過ぎゆく時代の中で・VTJ 1stと佐藤ルミナvs所英男

Category: 「見立て」の格闘観戦記録   Tags: VTJ    MMA  
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 今年の日本のMMAはオレの見立てたところ、3月のUFC JAPANを皮切りにこのVTJ 1stで終わったと言っていい。過去の格闘技イベント型の文脈から現在のUFCを頂点とする世界のMMAの文脈へとシフトした意味で象徴的だったからだ。

 しかし何よりもそうした時代の変化を象徴させたのは、メインストリームへと乗り込もうとするリオンと大澤、そして堀口や、マモル、再びUFCへと返り咲きたいという弘中たちのリアルタイムの闘い以上に、メインの二人の対置とその試合内容そしてその余韻であったと強く感じたのだった。

<<第一部 VTJ 1st 格闘観戦記録>>
<<第二部 佐藤ルミナvs所英男 見立ての格闘観戦記録>>




<<第一部 VTJ 1st 格闘観戦記録>>

 かつてD.O.G~CAGE FORCEという、格闘技バブル吹き荒れる2005年の時点で、金網&肘ありというルールにて早い段階でUFCに通じる人材を発掘していく大会があり、そこであの岡見勇信をはじめに吉田善行や水垣偉弥などをWEC・UFCに送り込む実績を上げていた。現在からすればあまりに早く、そして日本のMMAの競技的位置を見据えた「正しい」スタンスのMMAプロモーションだった。がしかし、2011年にてその活動を停止してしまう。

 岡見や水垣らが名を上げていく過程は昔、乱暴にその文脈を書いてたが、それはおおざっぱに言って主に彼らへの乗りにくさに関してのことであり、まだ格闘技バブル時でPRIDEのメジャー格闘技というものが大手を振っていた流れと完全に別のところで成立しており、それは現行の北米MMAをトップに置く路線だったゆえに、頂点や名誉を目指す方向や構造がボクシングに近いものだった。

 だからかまったく選手の戦績やスタイルといった資料をリサーチせずに「選手の人間力!興行に投じる人格!底が丸見えの底なし沼!」という見る側の現象を優先する日本のプロレス・格闘技の文脈ではまったく語れないものであり、実際いまでさえも旧紙プロライターだったかの今回大会の感想などをツイッターで流れてきたのを見たが見解が無残極りないのが見えてビックリさせられる。

 

 時を経て現在、メジャー団体が機能しない今、好む好まざるに関わらず完全に日本のMMAの文脈はCAGE FORCEが切り開いた方向へと一本化しつつある。世界のMMA興行を見ても国によって細かいルールまでは一本化できないながらも、そのほとんどがおおよそUFCを模した形にてMMAを行っており、日本のMMAの本家本元・修斗による今大会VTJ 1stはもうその初期UFCを模したロゴから「ヴァーリトゥードジャパン」の略称を英字三文字にしてそこから大会数を重ねていく名義も含めてあまりにもなくらいのUFC型への追随だ。実際に興行を見ているとかつてのCAGE FORCEの拡大再生のムードが圧倒的なのである。

 だからといってオープニング映像までウィリアムテル序曲にオクタゴンの中に選手の顔写真が入るみたいな1993年の初期UFCの選手紹介のセンスの無さまで真似ることはないじゃないかと思うが、なんにせよこれが現在の日本のMMAのプラスマイナスゼロの地点である、ということには違いないのである。


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 なので前回にも書いたように、基本的にリオン武・大澤ケンジ・堀口恭司・マモル・弘中邦佳らの試合は試合内容が目的ではなく彼らのMMAでの現在の立ち位置が査定される試合、そして現行のUFCとの内容の比較として見るものなのだと思った。(中村K太郎もホントは退屈な試合でも構わないから厳しい査定の試合が見たかったが。ZST鈴木信達はとてもいい選手だけど路線的にリングスに行って欲しい。)

 そして先に書くとおそらくアメリカ本土で行われたTUF軽量級の試合内容にやはり劣ってしまう印象があるのは否めない。無論選手の相性が悪く慎重な闘いをせざるを得ないのもあるが、今年序盤に見たTUF軽量級の試合の処理速度の尋常じゃないものを見ているとそういうことを思ってしまう。なんせそこで優勝したジョン・ダドソンなんて今度デメトリウス・ジョンソンとフライ級王者戦行うってくらいなのだから。

<<堀口恭司vsイアン・ラブランド>>

 実際堀口・マモルにはスタイルや体格的に大変やりづらい相手があてがわれたというのはある。もうデメトリウスvsベナビデスなんか見てても分かるが現在のUFC軽量級の標準装備である高速のステップワークを駆使しながら制空権握って行くという闘いに自然に加わっていけそうだと堀口のスタイルには期待を寄せられるが、ここまで長身のラブランド相手に一撃を効かせにかかるというのは容易ではなく、ああいった試合内容になってしまうのはやむなしかと思う。それでも終盤ボディに効かせるミドル(いやいや空手出身だし中段蹴りか)を打ち込んだあたりはさすがだと思わされる。

 細かく言ったら全然違うんだと思うが、大沢ケンジがリオンを攻略していったようなボディにも散らして打つ・要所要所でテイクダウン取るみたいな闘い方を見てるとリーチのある相手を攻略する戦略の構築っぷりはさすがで、今回の堀口の内容に「UFCではどうかな・・・」みたいな意見もあるようだけど、完成系に近づくならああいう形にもなるのかもな、なんて思う。

<<マモルvsダレル・モナヒュー>>

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 マモルはしかし具志堅リスペクトなのかと思いきや試合は完璧な背筋を伸ばしてミドルを蹴るなりして制空権を取るムエタイという、なにかファイプロででたらめに作ったキャラクターみたいなのが実写になってるようにしか見えないんだがそのムエタイ技巧は確かであり、シュートボクシングに出場してた時はどうみてもMMAではなく最初から立ち技の人間のようにしか見えないくらいだったりする。

 しかし、モナヒューのような、現代MMA的なステップが達者である選手でしかも金網で闘う場合、その強く構え、相手を踏み込ませないように詰めていくムエタイスタイルではどうしても動きを止めて闘う形と見え、相手を捉えきれなくなるシーンが多々見られた。この試合が固い内容になったのはそういう理由も大きいと思う。

 修斗のリングでおそらくは(こういう書き方してるのも試合見れてないから。正直推測でスマン)ムエタイスタイルで詰めていくというのはかなり有効であったと思うが、現代の金網では使いきれないテンポなのかもしれないと思わせ、現在のMMAにムエタイの技術を合わせていくというのはさらに細かくパーツを崩して再構成しないと合いにくいのかもしれないと映った。実際、ローリー・マクドナルドvsBJなんか見てるとあれがムエタイのパーツをバラして再構成された一つかと見え、ある意味ではこれこそ北米現代MMAと日本の近代MMAの露骨な対照を見せた試合だろう。

<<弘中邦佳vsカーロ・プラター>>

 査定・可。グラウンドはやっぱ強い。言うことがないのでここは日本人vs海外MMA3戦のまとめになるが、どう考えてもスペクタクルを生み出すマッチメイクではないことは今大会では明白であり、大沢ケンジも勝ってマイクアピールで「自分の名前が上がる選手と闘いたい」と言っており、その先にはUFCとの契約を見据えている。

 繰り返すが好む好まざるに関わらず日本MMAのプラマイゼロの地点がここであり、基本的な視点は「彼らが未来に通じるか否か」の査定そのものだと思う。「試合が面白くない」ではまったく語れない興行になっていくには違いなく、彼らの目的は瞬間的に興行を盛り上げることではないし、VTJの目的はそこではないだろう。これはもう少し先の未来を見据えるためのものとして見取るべきなのだ。

 そして、以下が「もはや先は無く終わりを見据えている選手」の、地層のように積もった意味を抱えた試合であり、そこでは完全な決闘が行われたのだった。

<<藤井恵vs V.V.mei>>

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 キャリアを終えようとしているフジメグがおそらく最後に対峙するのが、辻結花を破っているVVでかつての女子MMAの2強を破ろうとするという構図。これがそのまま試合に出た。

 どう考えても「この闘いは2度と行われない」ということを了解してる故のすさまじい気迫によって試合が展開されており、誰もが2Rで終わったのを途中で中断されたかのように思ったことだろう。

 オレもVVがギロチンのクラッチを取った瞬間には「まだ終わるな!」とこの気迫に満ちた試合をもっと見続けたいと久しぶりに願う試合で、その願いどおりにフジメグはクラッチを外し、猛然とパウンドを打って行った。もうその光景がフルラウンド続いたことでなんでも良かった。

 名女子MMA選手のキャリア終盤のケースをほとんど知らないし、男子MMAのキャリア終盤の厳しい内容と結末を数多く見てきているだけに、「キャリアの終りに自分の培ってきたものを全て試合の場に置いてくる」というのはアスリートの美談として観たいものだけど現実がそれを形作ってくれることはまれだ。

 日本の女子MMAの歴史も短く層も厚いわけではない。こうした美談が現実になった試合が生まれたのはある種そういう背景もあるとも言えるかもしれないが、だがしかしそれでもいいじゃないかなどとこの瞬間は思った。





<<第二部 佐藤ルミナvs所英男 見立ての格闘観戦記録>> 

 
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 突如として大会のオープニング映像とは比較にならないような出来のいい煽りVが展開される。このジャンルのスターでアイドルである佐藤ルミナと所英男の道のりを比較して語る映像。そこには谷川貞治も出てきて「この試合は大晦日にやりたかった」と言う。しかし、ルミナは修斗にこだわり、地上波に価値を示さない。対照的に実績以上に日本のメジャー格闘技の興行を担い続けた所。修斗とメジャー。競技と興行。日本MMAの対照である二人の決闘。それを彩る「第九」。佐藤大輔のものだ。

 しかし、その良く出来た煽りも、入場し金網の中で対峙する二人も正直言ってここまでのMMAの現実に合わせた文脈にある興行から浮いてしまっていた。
  


 「闘うために出会った」そしてBGM「第九」の構成。これはかつてPRIDEでのヒョードルvsノゲイラの煽りの自己模倣であり、本人が意図してのことか分からないが過去のそれを引っ張ってきたことには何重にも過ぎ去ろうとしてる時代を感じさせる。

 知っている人には煽りVの反作用ともいえるこの効果は二人の対峙にも重なって行く。所は現在の北米MMAへの路線を求めてはいないし、ルミナはここのところの成績から第一線から外れている感は否めない。彼らが本来行うべき試合の場ではないことは、「大晦日じゃなくてVTJでこの試合が決まった」というニュースの時から多くの人が思ったことだろう。この煽りVまで含めたこの試合はこの興行とは全く別にパッケージングされた、興行としてとてもよく出来たものだった。がしかし、それは完全に過ぎ去ろうとしている時代のそれだ。


 だがしかし、試合になりすぐさまに決着にまで至った瞬間に、この試合の意味があまりにも突き抜けて一気にこのMMAの短い歴史の原点に到達するかのような残酷かつやけに切ない印象を残してしまうという、すさまじい結末に至ってしまったのである。

 所選手本人さえ含めてほとんど予期していなかった内容とその結末。それはこのVTJのロゴの元になった初期UFCの頃のような、初期ヴァーリトゥードのころのような圧倒的に意味を抱えた選手がわずかな時間でしかも残酷な決着を喫するというあれだ。修斗の初期から活躍してきたルミナに、メジャーで活躍してきた所がフィニッシュに繋がるパウンドを打ちこんでから一気に畳みかける瞬間は明らかに凄まじく、あの振り落とされる肘は久方ぶりに(しかも全く思いもしなかったところで)観てしまったMMAの残酷な瞬間だったと思う。

 試合が終了した瞬間のひざまずく所の表情と血を流して倒れているルミナの絵という、試合内容と真逆のシーンに転じたときには一気に寂寥感が来て、そこには完全にある時代が過ぎ去った感覚があった。それはVTJ自体が意識的に時代が変わって現代MMAに適応しようとしているのに応じる形となり、ここで一つの時代の変化を間違いなく試合の中で凝縮させたという非常に稀有なものになったのだ。

 
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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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ビデオゲームというフィルターから俯瞰する、現代エンターテインメント総合批評
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