オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


ここのところのUFC感想・北米vs南米見立ても終わりのような気がしつつ・・・

Category: プロ格闘技   Tags: MMA  UFC  立ち技  
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 さてひっさびさの文章エントリーです。ツイートキャスティングで楽に作れるか?とやってたが、環境上、深夜意外にやりにくかったりで引き延ばしにしてたらまたこんな1月もスパンが開いてしまいました。ボクシング村田デビュー戦のこととかツイキャスやろうと思いながらうっかり寝てしまいを繰り返し一週間近くとか経ったのでオレは一体・・となり、雑文に復帰!

●北米vs南米見立ての終わり●
●K-1とPRIDEの生き残りは自由さを感じさせる?●

●北米vs南米見立ての終わり●


 アンデウソンvsワイドマン以降、リョートvsフィル・ディビスなど「ブラジル日系解釈の空手出身vs北米カレッジレスリング発の現代MMA規律」という断層が分かりやすいくらいの北米vs南米で北米が勝っちゃうという絵図がそこかしこに見られ、ワイドマンの鮮やかさとあっけなさに比べればフィルの勝利はいささか鈍痛的なものだった。


 と言う風に特徴的であり、結果を出してきている名のある選手ではこういう北米vs南米見立てって構図がわかりやすいんだけど、一方でもしかしたらこの見立ても終了近いような気がしてきた。というかこの構図の根底にある見立ててMMAって限りなく自由なフォームの格闘競技があって、にもかかわらずその競技力や戦略の研鑽によって大きく体系化・規律化しちゃうことによる自由さの喪失を感じさせる方向のある北米と、そういうメソッドの隙間を突く・メソッドに回収されない手法を持って勝つという自由さがたびたび見られる南米という、MMAという自由なジャンルにおける「最強を決める舞台・なんでもありの自由」といった大テーマみたいなものの続きとして見てたわけなんだが・・・


 全世界的にUFC発のMMAの形式が今やアジア各国の興行でも見れるわけで、あったりまえながらMMAの方向は厳密なスポーツ化へと驀進しておりその中で自由度(これは飽くまで見る側の問題だ)というのは感じにくくなっており、同時にあまり土壌や国家間の差異みたいなものも一見してはわかんなくなった。インドSFLの見た目とか当然のように先進国的なそれと違いが無くて、ただ肝心の競技能力のベースがかなり低い、黎明期の状態ってことくらいが大きな差異なんだけど、もう見る側がその国家とか個人とか思想的な差異を競うのを見取る自由度ってのは薄れバーっとフラットになっていっているというのが、現代MMAがもたらす光景って気もしなくない。


 まあでもある対決において全てにおいて客観的判断・平等・定量化可能なルールと環境を整備するのが「スポーツ化する」の方向であるわけだから、ジャンルが初期の新鮮さや感情移入しやすさといった刺激を超えて、ジャンルが成長するためにそうするのは不可避であり、フラットな光景になっていくのも当たり前か(でもこんなの分かってる人は90年代の時点で分かってるよきっと)



チェールソネンの挑発に応える形のヴァンダレイ・シウバのビデオメッセージ。選手としてフィナーレに向かいつつある人間による、ネームバリューを食らいあう決闘時代


 今やソネンを代表に名のある選手が階級をまたいでネームバリューを食い合うような光景がちらちら起こっており、南米の魔性ネームの最上級であるアンデウソン崩御後のパンドラの箱が開いたかのようにシウバがソネンに上のメッセージのような形で応じるなどしている。


 噂レベルでリョートでさえミドルに落としてなんどディアズと闘うなんで狂気の沙汰のような話すら上がっているのだが、これもどちらにせよ競技能力の第一線からの下落寸前からの、興行的フックに取り付けるような動きみたいな流れを感じる。


 それでオレはこうした波が起きてることこそ、なんというか北米vs南米時代終結間近という感じに映っており、ソネンvsブラジルってはその戯画としてわかりやすいくらいなんだけど、現実の競技能力の最前線においてはここは上手く理論立てては言えないんだけど、土壌や文化差に由来するような大幅な北米・南米差ってのは薄れてく気もする。


 その最前線ってのは、今伸びさかっているアンダー30歳の選手らの動向ってのがもうそこまで北米南米差と別って気が今更ながらにしてきた(ゴメン遅いっすね)。ローリー・マクドナルドだとかヘナン・パラォンあたりのような、既に成人する以前からMMAというジャンルは確立されており、それだけではなくしかもその上ルールや環境が整うことによる戦略やトレーニングの最善手もフラットに出来あがってるように思う。(ジョセ・アルド=南米経由ムエタイみたいな文脈とかじゃ語れねえよな・・・)


 残るはMMA参入以前のベースの格闘技はなにをしたかという土壌問題が北米・南米差であり、オレはこれを大ざっぱに北米はレスリングで南米は世界各種格闘技(アジア系の武道だとかムエタイなど含んでヴァーリトゥード)の混線という土壌の差、ホイスvsスバーン、シャムロックからアンデウソンvsワイドマンまではその構図の典型と見ていたのだが、今やブラジルの選手でもものすごく現代MMAの規律バリバリの動きであり、よりMMAの光景はフラットへと向かうのか?なんて思ったのだった。

●K-1とPRIDEの生き残りは自由さを感じさせる?●


 そうした方向から無理に離れれば自由は帰ってくるか?というとそんなことは無く、日本のK-1・PRIDEの二大メジャーのイズムの生き残りは大ざっぱにみるにKrushとDEEPなんだと思うがこれが自由を感じさせるかというとそんなことはなく、むしろ退行や特殊性を感じさせ、いっそのことハイコンテクスチュアルってことで海外に異質さってことで売りにいけりゃすげえけどそんなことに格闘技やスポーツで出来るわけねえしなとも。(かつてPRIDEがラスベガスでヒョードルvsコールマンメインで格闘技に物語性を・・・とかやってましたが)


 興行格闘技で日本の文化的ハイコンテクトを武器にして海外(欧州と米国の価値観の場)に持っていける可能性は、必然的にヨーイドンの競技能力を問われないプロレスと相撲くらいがほんのわずかに見えるくらいで、オレもKrushなど頑張ってれと思う一方で、キックボクシングはスポーツ基準で見てるともうバラバラのままで名のある選手さえもルールも判定もしぼれきれていない団体の試合を回っていくという、そこまで自由でもなく規律が高いわけでもない生煮えの状態が続いている中、まだ競技力や環境の厳密化の段階手前の、興行のパッケージ力や熱戦の提供という感情移入興行ってのが有効と見え、Krushってのはそこに嵌まってる感じがする。


 ここでまたMMAに話を無理やり戻して競技能力中心での海外に向かうか否かを見てると、なおさらシリアスになって行くのは日本VS北米というよりも、個人的にはやっぱり日本と韓国の相克だったりする。UFCをリリースされた小見川も福田力もROAD FCと契約したと言うし、日沖もエルキンスに敗北していよいよヤバいんじゃないかと見られるなかで、軽量級にて驚くべき試合を残し、アルドとの王座戦にまで辿りついたのはジョン・チチャンソンという結果は懐かしき戦極フェザー級トーナメント時代には考えもしなかった結果である。


 それにしても現行のUFCで勝ち残ってる日本・韓国選手なんて見てると、なんというかいささか記号的(また、露悪的)なまでの国民像が現れてるかにみえるからなんだか可笑しい。岡見や水垣は愚直なまでの技術やスタンスを持ち、非常に善良そうに見える一方試合は大きなリスクを取らない方向なので退屈しやすい。日本人像の戯画的すぎる。チャンソンなんかは幾度もリスキーでエキサイティングな結果を残す一方GSPの日章旗に対して文句を付けに行くなどなど、まさにこの突っ込んでいきオレがオレがで世界から権利を取りにいこうとする精神から実際の世界トレンドからの技術研究に抜かりないあたりまさに韓国の戯画的だからすごい。


 優秀であればある程その国の国民性を戯画化するか?なんてのは与太話で定量化してもしょうがないことなんだけど、UFCにてアジア的な異質さを出してるのは結局国籍は北米や南米にいるカン・リーやリョートだったりするし、海外のフレームの中でのアジアとは未だにどういう見え方なのか分かってはいない。あっ!そういや大事なのを忘れてた。秋山成勲、いまどうしてんだろう。



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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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