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菊野克紀の沖縄空手への旅路と現代MMAのフレームとのジレンマ

Category: 見立てのMMA観戦記録   Tags: MMA  菊野克紀  
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 もうUFCが新規に契約した選手に対し、絶大に嫌な相性の相手ぶつけてくるとかは恒例であり、リーチ長いやつだとかフィジカル強い相手などを差し出すとか本当にキャリアでそれまでやってこなかったようなキツいマッチメイクを組んでくる。

 菊野克紀UFCデビュー戦も本当にやりにくそうなリーチのあるマルハーンが相手だったが、これはスタンドからグラウンドでもキープして完全に勝利した。しかし第2戦はTUFの優勝者であり、ボクシングを中心としながらグラウンドのキープも突発的なサブミッションの仕掛けも魅力的なトニー・ファーガソンだった。そこではリーチ差だけではなく、近年はウェルターからライトに落としてきたことによるフィジカルの優位も見て取れ、非常に危険な相手だった。

 そして菊野はファーガソンに圧倒されてしまうという内容になってしまった。しかしオレには単純な試合内容よりも、いまMMAという規律やフレーム、視座が確定している中で武術や武道の方法を前面に生かすこととは?という方面へ思索が行ってしまったのだった。とりあえず試合内容の話はぶっ飛んだ、菊野ファーガソンで俯瞰する今のMMAとそこに含まれる格闘技や武道の関係の雑記。




 MMAが現在のように進歩していく過程は、ある種格闘技の持っている土壌だとか歴史なんかを無化していって本当に有効な技術そのものをドラスティックに取り上げていく過程だ。そおおよそボクシングやムエタイ、レスリングから柔術といった格闘技が持っている打撃から組み技、寝技といったセクションで有効な技術のみが取り上げられ、その背景となる格闘技の由来なんかは大きなポイントじゃ無くなる。

 異種格闘技戦だなんだと言われたこのスポーツも、実際の競技環境と技術の洗練のなかで一つの規律やフレームが現在までに確定されてきた。それは新興の格闘技だったこのジャンルが、近代的な幻想や神秘性、見世物や決闘というものを売りにすることを超えて、現代的なスポーツとして自立していく過程でもあった。

 だがこのスポーツという現代の価値観やルールに対してカウンターのようなアプローチで武道のイデオロギーや、または本当に強いのはプロレスみたいなイデオロギーを持ち込みたいと考えるサイドも存在する。それが美濃輪育久であったり、空手をバックボーンとして現在は沖縄空手まで闘い方や身体の動かし方のルーツを遡っている菊野克紀なのだと思う。

 


 しかし現在のMMAの場は過去の異種格闘技戦ムードの奥にあった空手なり柔術なりのイデオロギーの闘いになっているのか?と言ったらまったくそうなってはおらず、そんなのはもう過去の問題だ。当時のMMAの目新しさとしてすでにスポーツって現代があるなかで、新興の格闘技UFC&グレイシー柔術の流れがそれを覆すような神秘や幻想のイデオロギーを見世物にした。それが20年から10年くらい前までの光景だった。

 PRIDE買収後のUFCが革新していったのは、そうしたイデオロギーの決闘のムードに蹴りをつけ完全に現代のスポーツと並べるまでに規律とフレームを興行を重ねる中で定めていったことだ。誰が言い出したかゴン格かMMAプラネット高島記者あたりか「現代MMA」だなんて現代が付く言い方になるくらいにはもはや一つの構造が定まっている。

 そのなかでもなお、なにかグレイシー柔術であるとか、プロレス最強であるとか、骨法であるとかの過去のようなイデオロギーを持ち込みたい選手はどうすべきなのだろうか?菊野克紀vsファーガソンの闘いというのは久方ぶりにそういうジレンマを痛感させれられる試合だった。その結果にTwitterの感想などを流し見していても「菊野のあのスタイルはもう少し修正すべきなんじゃ…」って意見が上がっている。

 みんなもう現代MMAのフレームというものを皮膚感覚で分かっているのだ。もうアンデウソンやLYOTO、JJや、新世代であるローリー・マクドナルド、そして王者に戴冠したディラショーなどなどを見ていて、空手といった技術やスタンスというのはすでに構築されきっている現代MMAの構造の中から再評価していくって形にしていかないと生かせないということを。UFCが当ててくるマッチメイクのもの凄い嫌らしさというのは(偶然だけど)そうした過去の武道的イデオロギーが現代に完敗すると言うことを残酷なまでに見せつけたことであり、菊野の敗戦の姿はそれは菊野が邁進している沖縄空手という武道のルーツの旅路に少なからず感情移入していたこちらの気持ちをも叩き折る、過去にありふれたあの感覚を再現させたことだ。




 過去イデオロギーであるとか教義であるとかを現代に有効にする場合、ほとんどの場合現代の環境やリテラシーのフレームから、整数的に・科学的に有効であると判断してからじゃないと再評価できない。たとえばヨガがあるけど、かつてあれをやりましょうつってもインドの宗教的なイデオロギーのそれがあって気軽に触れるにはビビって敷居も高かったはず。オウムもあったしな。しかしヨガの狭義の一つが実際に身体に効果的な影響を与えると言うことで、フィットネスのひとつとして評価される形になって一般的にスポーツ・ヨガだなんていって広まったみたいに。

 菊野の沖縄空手への思いは、それはもう現代MMAのフレームにて有効なものを研鑽していくデザインというそれじゃない。まだ見ぬ他の格闘技で、いよいよ緊張も脱力も、踏み込みも身体の使い方も答えを出し続けるなかで、もしかしたら沖縄空手には現代MMA未踏の技術があるのではないかと言う期待はあるし、もしかしたらMMAのスポーツ化によって失われたイデオロギーの良い匂いもあるのかもしれない。

 しかし同時に「武道にあって、スポーツにないものはない」という中井祐樹氏の発言も思い出しもする。現在はもう徹底したMMAのフレームの構築が出来上がっておりなおもその洗練は継続している。そのフレームを完全に知った側からバックグラウンドとなった格闘技や、他格闘技の有効で効果的な面を割り出してMMAのフレームに当てはめていくという段階に入っている。

 菊野の最終的な目的地は、MMAを通過して自らの武道を極めていくことなのか、それともMMA選手として骨を埋めるそれなのかどこにあるのかはわかんないけど、久方ぶりにかつてMMAの歴史であったジレンマをその試合の中で強烈に見せられたことは確かだ。
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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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