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アンデウソンで遂に語られ切れなかった何かと、甲野善紀と松村卓の対談本

Category: 間接的関連エッセイ   Tags: 武道  スポーツ  


 プロレス・格闘技ファンあたりなら麻疹みたいにかかる、近代スポーツの価値を超える何かを見出したいという病。それは猪木だったり、UWFだったり、骨法だったりする。ボクシングやレスリング、柔道って近代スポーツって膠着したものを打破し、新興のイデオロギーを持つ武道や格闘技団体が革命を起こす。それはさしずめガキ向けのフィクションでおなじみの「何か巨大な謎の敵に対して警察や軍隊といったリアルな近代的な実体ある組織が歯が立たず、全く実体と根拠が無く、未知の力を持つ主人公だけが対抗できる」みたいな期待に近い。 




 総合格闘技の歴史なんかはメジャー興行の興亡に限ればそうしたフィクションの紋切り型の連続に近いことが現実に行われ続けてきたようなものだ。だが現実は実に厳しく、同時に豊饒でもある。「全く実体と根拠のない未知の力」の期待は粉々に砕かれ、それどころか英雄扱いから一転詐欺師や卑怯者に陥るという点。そして一時無能であったはずの近代的な実体ある組織が、現代に適応して長期的に結果を出していくという点。フィクションなら「未知の力を持つ奴が勝つ」という一時の勝利で終わるけど、長期的には結局実体あるところが対応していく流れが面白い。結局プロレス最強もグレイシー最強も終わって、北米カレッジレスリング基調で現代MMA構築することが一番の長期的な勝利になっているようなものだ。

 にもかかわらず実体ある科学と統計によるアプローチでは回収しきれない何かが、武道などに残っているのではないか?と考えられ続けている。結局アンデウソンやリョートの動きが持っている何かをゴン格あたりで技術を語り切れなかったりするし、その何かに関しては先送りされたままだ。

 しかしその何かに関してのアプローチに関して、これがきっかけとしては面白いんじゃないの?と思ったのが武道家・甲野善紀と、元陸上短距離走者でスポーツトレーナー松村卓の対談本「筋肉よりも骨を使え」だった。

 

 甲野善紀氏は既存のスポーツのイメージやルールから外れた、古武道から身体の使い方を追及していることで有名だ。ちょっと気の利いたプロレス格闘技ファンだったらほら、みんな「なにか近代の科学や組織の堅牢なシステムを超克してくれる存在がいる」ってのに弱いから注目してる人も多いと思っているのだが、この本でスリリングなのはガチガチの科学と統計的なアプローチであるスポーツトレーナーサイドからの対談をフィーチャーしている点だ。


骨から身体のコリをほぐしていくというアプローチの骨ストレッチ
 そのスポーツトレーナーである松村卓氏は、現在陸上で目立つ存在になってる桐生祥秀の指導にあたったこともあり、現在骨ストレッチという筋肉ではなく骨格から身体をほぐしていく方法を考案したことで名を上げている人物だ。そんな二人が語ることはいかに既存のスポーツの理屈や理論的なトレーニング方法が、実は体に負荷をかけているかということから、かつての日本人が40キロちょいの農家のおばあちゃんが300キロの米俵を担いだり、飛脚が1日200キロ走れていたことなどを挙げ、身体の使い方やありようというものを洗いなおしていく近代スポーツ観に関してのオルタナティブだ。そこのあたりに科学・統計的なアプローチで回収しきれない何かについてのヒントが見える。




 対談は短距離走などを例に挙げながら、定型的な筋力増加のトレーニングや筋力を使いすぎるような身体の動きという方向に異議を呈し、一般的な筋力に注力したトレーニングやストレッチに疑問を呈する。代わりにフォーカスするのは体幹と骨格だ。身体の根本の部分からの動きというものに注力したアプローチをとっており、松村卓氏が見出した骨ストレッチという方法もそうしたスタンスから生まれたものらしい。

 甲野松村対談は武道家とスポーツトレーナーという組み合わせながら、近代スポーツで積み上げられた身体の構成法や動作のメソッドというものについて「本当にそれは有効なの?身体にダメージを与えてないか?」というものに関して疑問を上げる。

 洒脱なのはウサイン・ボルトの解釈だったりする。「ボルトの走りは武術に近いんじゃないか」という言い方が面白いのも確かなんだが、そのこころにはボルトの短距離の動作が通常の単距離メソッドとは異なる走りを行っていることにあるという。



 短距離走の前線では、走る出力を上げる方法を腕の振りや足の筋肉の動きを基調にし、筋力トレーニングを強化して体を動かしているっという。それに対してボルトは骨格や体幹そのものを中心にした動きであり、そこを武術的な使い方だと称するのだ。

 この解釈の面白さは、スポーツのトップは強固なメソッドや科学的統計による結果による身体の動きやトレーニングを利用するわけなのだがトップ中のトップはそんな体系から逸脱していき、メソッドでは回収しきれない動きをするという話だ。格闘技ネタからしてなにか刺激的な記述は「トップ選手の中には筋力に頼る走りを基本にするゆえに、筋力増強剤のドーピングをしてまでパフォーマンスを伸ばそうとした」みたいなあたりに琴線がかかり、アリスターやヴァンダレイの失速なんかをどうしても思い出してしまう。で、そうした筋力から出力するのと別な選手がトップにあるという皮肉みたいな。


  身体や力学として負荷をかけすぎないように、体全体の体幹や骨格をおもにすることを説く。スポーツ選手のトップ中のトップの動きが時にメソッド的な部分を大きく超え、それを言語化できず謎とされてしまうなかで甲野松村対談はこのように示唆に富む。基本的に新書でざっくり語るので身になるか?というとそこまでじゃないけど、いまだ解決しないスポーツならではの科学的メソッドによる身体のありようと、武道に代表される負荷をかけずに、根本から最大に力を出す身体のありようの境界ぎりぎりのところに言及していると思う。
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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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