オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


石井慧の「炎のファイター」 /格闘家としての自己像を形成できない孤立と悲劇

Category: プロ格闘技   Tags: ---
どーも

 石井慧の名前が巻き舌で高らかにコールされる。そして高らかに鳴り響いたのは、なんとアントニオ猪木のあのテーマ。聴きなれた軽快なリズムの音楽の色彩の鮮やかさを弾くかのように会場にはブルーがかかっていくように映った。

 DREAM16中、最大の沈黙を生んだ、欲望の断絶の切断面としての、プロ格闘家の「自己像」の確立が何故できないのか?に関しての考察。

 小川直也、吉田秀彦、瀧本誠、そして石井慧らは、まず頭のコピーに「柔道五輪メダリスト」が付くが、実際の印象を最初から最後まで自己のファイター像をそのプロ格闘技上でのコピーの意味に合わせていたのは吉田秀彦だけだと思う。

 特にもともとある種の権威が保証されている柔道や相撲からの転向者で、「五輪メダル」「横綱」などの生涯に渡って付与された権威の象徴を手にした人間がプロ化した際に、まず初めに観客の欲望にさらされることと自己の表現したい感情を照らし合わせていくことによって、プロとしての自己像を形成させていくというのが常道だろうが、特に講道館的権威やら日本大相撲協会的権威を獲得した人間にとっての自己像の形成というのは、単純に考えて権威の極にいた場所と180度異なる権威なき場所へと転換する故に時間がかかるのではないだろうか?
 プロレス・格闘技史の中でまず輪島や北尾、そして曙など「相撲の横綱」のプロ転向というケースがたびたび見られたが、そのキャリアが決して成功したものとは暫定的に振り返ってみても言い難い。ギリギリ数々の失笑を格闘技にて見せつけた曙が「ハッスル」にてグレートムタとインリン様の子供ボノちゃんとか無茶苦茶やらされた中で徐々に横綱の失笑からハピネスな印象のあるプロレスラーになったというのはまだいい話なのかもしれない。


 「柔道メダリストの転向」というタームでやはり重要なのは、小川と吉田のその「プロ」の自己像をキャリア初期からいかにして形成してきたのか?であり、正直な話実際にプロファイターとしての存在を確立していても観客の欲望を煽れているか?みたいな面では二人がしょっちゅう言われた「空気が読めていない」の批判を代表として決して全てが称賛できるようなものではないにせよ、今石井慧が直面している問題はそういう批判以前のそもそもの「プロファイターとしての自己像の確立」すら叶っていないことが大きいゆえに、ちょっと振り返ってみる必要があると思う。

 まず小川直也だが、転向時の時点ではまだプロ格闘技という舞台が形成されておらず、プロになることは、それはプロレスに行くことが先にあった時代で、アントニオ猪木・佐山聡らによる「UFO」に入団することがプロのキャリアの始まりであり、形成されたプロの自己像というのが時代的に「ガチでも本当に強いプロレスラー」が待望されていた時代で、ここがポイントなのだがUFO時代の猪木・佐山らによる思想の仮託、というものが現在まで演じられている小川のプロの自己像をベースを形成したと思うのだ。プロの自己像を形成する意味でプロレスのジャンルそのものすら変質させた天才二人による指導によって、当時の闘魂三銃士時代の新日本プロレスを仮想的としての「闘いを表現するプロレスラー」の形成というものを仕込まれたことが小川のプロの自己像形成に大きく、またそれが現在の停滞にも繋がってしまってもいるのだが、このように自己像の形成を自己演出とも競技力とも後押しした師匠となる存在があった。
 
 それに対して本格的にゼロ年代初頭の格闘技バブルの幕開けたる「Dynamaite!2002」にて鮮烈なプロデビューを飾った吉田秀彦がプロの自己像を冒頭でも書いたように「柔道金メダリスト」の格闘技挑戦という文脈を一切崩さないようにしたというのも、これは以前に「引退試合」にて「バレる」・<吉田秀彦編>(クリックで展開)で書いたように、J-ROCK国保氏によるプロデュースによるものがその形成に影響したと想像する。

 柔道着を着たまま試合をする高潔な金メダリストの権威も無い残虐な格闘技にて美しきアマチュアの強さを演出する、ということに対して違和感が叫ばれ、「柔道着は卑怯だろ」なんて批判に直結していたと考えるがロンスパやステロイドの批判の憂鬱な血生臭さ漂う今からすれば本当におだやかな時代だったなあと思うのだが、誰もがここで思っただろうがそんな国保氏のような強いプロデューサーによって、石井も「金メダリスト」の価値を保つように格闘家の自己像を形成していければ幸福だったろうに、と誰もが思ったことだろうが、ここの意思の相違が第一の悲劇だろう。

 石井が転向時に「金メダルにぶら下がっているような人にはならない」と強く表明し、入場でさえも柔道着は着ないようにするなど積極的に純MMAファイターとして振舞おうとしていたことは知っての通りだろうが、そうやってメダリスト柔道家の価値が保持されるラインから積極的に脱しようとしたことは、支持できるにしてもそこから別のプロとしての自己像を形成するための価値を、海外武者修行を数多くこなしていても見いだせていないように思えた。それは自己演出・競技力ともに。


 ミノワマン戦の奇妙なステップと打撃の攻め方と、抑えこんでからの間接技の狙い方の慎重さなどなど、いま石井がどのあたりの選手のスタイルをモデルにしているのか?は今だ未明だ。

 だがしかし誰もが知っているはずのこの選手の所作に対して、まるで会場は沸かなかった。石井慧に掛けられた、欲望喚起以前の自己像が未完成であることを会場の沈黙が証明しているようにさえ思えた。

 そのことを今の石井が自分でよく知っているせいなのか、付け焼刃のようにアントニオ猪木からの「炎のファイター」の入場を借りるということに見られる「ファイターとしての自己像を確立させたいが、でもどうしたらいいのかがわからない」という風になってしまう現状には、吉田、瀧本らのような「金メダリストの価値をプロデュースによって保持」を否定するも、その別の価値として自己像を形成するセクションとして小川みたいにプロレスから学ぶなんてことも今では成立し辛く、また今現在の日本MMAシーンにて「プロ」の自己像形成自体が困難で、興行的な高揚を作りだすことがプロではなく、今年の青木真也の振舞いを代表に「北米で競技力で勝つこと」「もう日本のメジャーが視聴率をとるとか難しい」みたいな言説が散見されすらするほどに、プロの価値が限定され、世間への諦念すら漂わせている現状、小川が猪木や佐山によって「プロ」の自己像を形成させるというプロセスを踏んだような機構が今の日本MMAでは見られにくい(余談だが泉が安生と共に練習しているというのも暗にプロ形成の一因にはなってんのかもしれない。)。UFCでは「TUF」がそれを担っているのだろうが・・・
 
 石井は「プロ」の自己像を形成していくためのセクションもプロデュースも師匠もないまま孤立しているように思える。初期の景気のいいべしゃりの良さは、今回の勝利後のマイクパフォーマンスを見ても鳴りをひそめていた。
 これは格闘技ライター屈指の大人・柳沢健氏のインタビューだったか「22歳の石井のやることなんて基本子供だから」というのに乗っていけば、今の石井は想定していたより上手く立ち回れず、内省の段階にあるように思えた。



 観客の沈黙が映していたのは以上の現状による石井の孤立だと感じる。小川も、吉田も、大きな欲望を託されたことがあったことに比べると、欲望を喚起させ、声援を送るまでに至らせるには第一にどうあれ自己像を形成し、それに倣って振舞う事が必要にも関わらず、そうさせることが手詰まりになってしまっている現状の入り組み方が石井の悲劇であり、日本MMAの悲劇だ。

 欲望の喪失という事態はもはや試合内容だとかそんな問題ではない。今日本MMAにて問われていることは石井を代表にファイターとしての自己像の形成ということ全てであり、数多くの選手が、運営が、テレビが、それらを放棄してしまっているように思う。
 K-1がまだ救われてるように感じるのはそうした自己像の形成の歴史やシステムが残っていることであり、長嶋や大和の日本トーナメントの優勝とその内容、そしてK-1甲子園組の台頭などなど、まだまだ世間的な欲望を喚起させるまでには至ってはいないとはいえ、会場に人間たちから大きな歓声を引き出すほどの闘いを行うという意識は形成されていることだ。
 それに対しての日本MMAがその成立にあたって(私たちがMMAについて知っている二、三の事柄・クリック参照)歴史の解体が主体となってしまっていたこともあって、ゼロ年代にて解体されつくし、欲望がかなえつくされた末には、選手たちが自己像の形成・更新が出来ず、また自己像の形成を潰すかのような、おそらく運営のドメスティックな問題によって決まっただろうマッチメイクによってさらに欲望を潰すようなことをし、結果会場の沈黙が生まれるというループを生んでいるのである。
 
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