オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


興毅の表情

Category: P・M・BOXING   Tags: ボクシング  
路地

<<亀田三兄弟興行 観戦記録>> 


 カメラに映される、ムニョス戦を前にした亀田興毅の控室での表情は他のプロボクサーがビッグマッチに向かう時の不安や気負いと別の気配が漂っていた。


 亀田家の特徴であるガンガン記者会見から吹き倒して世間の目を向けさせる、というやり方が今年一年は完全に沈黙していて、それは亀田側の体勢が変わったせいもあるのだろうが、これまでの貯金で今年は持っていた印象が強い。

 それよりも興毅と大毅の二人から漂う、悲哀の印象が強く、正直もう「八百長の疑惑」「裏で繋がるボクシング業界の作為」みたいなセクションから亀田を批判する時期はとっくに終わったことをその気配が証明しているようにさえ思えた。今年の流れが来年も続くようなら批判するまでもなく、極端な話亀田は消えかねないほどだと思う。それくらいにまで後退している。

 数々の批判や、父親の業界出入り禁止などを経て、時々ニュースサイトなどで目にしたそのことに対する興毅からの言葉も「ほっておいてほしい」と以前のような景気の良さは消え失せ、主にテレビでのボクシングを引っ張ってきた兄弟2人の年老いたかのような悲哀の印象はとても20代前半から醸し出されるものとは思えなかった。(そういう悲哀にまで追い詰められたのは亀田自身でまいた種、みたいな批判がここであったとしても自分は聞き入れることは無い。そういう批判も賞味期限切れになっているというのが今回の話の筋の一つだ。)



 しかし印象深かったのは興毅のこの表情はファイターとしての、上の階級と闘う不安(例えコアファンからムニョスはとっくに峠を過ぎた、亀田側のの世界戦の戦略に沿った金魚としての相手として選ばれたとしても、あるだろう)に加え、自身が父親に変わって亀田プロモーションの社長の座に就いての初戦であるという環境が、何か先の「他のボクサーでは見れない表情」に繋がっているように思え、それどころか今現在プロレスでも格闘技でも社長でありながら同時に現役のファイターであり、しかも試合内容によって選手としての立場だけでなく関わっている数多くの人間の今後までも大きく変わるほどの岐路に立っていることへの重圧も掛けているほどというケースは、現在極めて稀になり、亀田というのはなんにせよイレギュラー性ばかりが取沙汰されるけれど、特筆すべきことに今格闘技界でもプロレス界であっても、社長であると同時に選手であり、その結果いかんで自分の選手としての価値に関わるだけでないプレッシャーを持ってビッグマッチに向かうという選手というのは、いつの頃からかあまり見なくなったという事実を、逆転して興毅が提示してるように思えた。

 問題はおそらくは亀田興毅が背負っているだろうそうしたプレッシャーというのは完全に自分の推測の(苦笑)裏のストーリーで、大衆に向けられてるのは「日本人初の3階級制覇」という、ボクシングの競技的権威以外で名を上げてきた亀田とこれまた相反する、因果性のある試合だとか亀田の人間性を重視する内容でなく、ここに来て「誰も為し得たことのない競技的権威の獲得」という、亀田と最も遠い所にストーリーラインを置いてしまってることの失敗が今回の世間の注目度の低下に繋がっていると見え、ほんとに真っ向から正統な競技的権威の獲得し合いをやってるフィギュアスケートに差をつけられてんのもそこだと思う。


 大毅のノーガードや興毅の最終ラウンドでの咆哮は、その裏にプレッシャーや不安を抱えた中での、世間が亀田に抱いてる「強気」「下品」のイメージを無理に本人たちがなぞっているように見えた。

 亀田に付けられる「疑惑の判定」「八百長」が今回でさえも付きまとったが、しかしそれに対して興行のフックが最初から「強気で下品なな言動で世間を向けさせる」亀田のスター性でも「因縁のある日本人同士の決闘」という因果性でもなく「日本人初の3階級制覇へ」という競技性の側面ばかりが挙げられた今回に対して、皮肉にも元からの注目度があまりにも足りないからか、それに対してかつてのランダエダ戦のように炎上し、ニュースになることは今のところない。せいぜいボクシングファン界隈で罵倒している程度の事件で収まってしまう。


 ボクシングは漠然とその競技性と歴史性に基づいた世間が最も認めているプロ格闘技であるが、その実体は「正統性という意味でどうなのだ?」という事象が多々見られる。(そのあたりのプロボクシング界の実体に関しての考察として、リンクさせて頂いている「にわかまっしぐらなブログ-サムがわめく、ボクシングなど諸々」様には本当に参考にさせていただいた。K-1&MMAも差別や偏見なく、むしろ「そうした格闘技界のいい部分をボクシング界にも持ってきていいのでは?」という提案までされている視点を持っておられている方で、一読を薦めたい。)
 
 そうした状況を凝縮させてきた亀田が仮に終わるのだとするとそこから本当に恐ろしい時代になるとも思う。でも今は興毅が逆転して見せた「社長であると同時に選手であり、その結果いかんで自分の選手としての価値に関わるだけでないプレッシャーを持ってビッグマッチに向かうという選手」そして興毅と大毅二人の急速な老いということの意味が、やけに心に残ったのだった。
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