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「総合格闘家」の顔

Category: MMA   Tags: MMA  
ひょっとこ

 いまだにdynamite!の青木自演戦の余波が続いてるみたいだけど、自分としてはふと大晦日を振り返って不思議に印象が引っ掛かっているのは、奇妙なことに古木克明のデビュー戦であり、その試合は現時点での「総合格闘家の顔」というのは何だろうな、という単なる印象の問題以上にやっかいなところを突いているように思えたからだ。

<<付録資料・NUMBERコラム「野次馬ライトスタンド」古木選手を古くから知るスポーツライターの観戦記録。>>

 年初めに友達と会って、初詣のものすごい行列を待つ間の話の流れで、スポーツの話になった時に、友達の方がゴルフをやってるのもあって石川遼や池田勇太とかの話に流れてるのを聞きながらふと思ったのだが、とりあえず男性ゴルファーに限るが昔からの日本のゴルファーって、けっこう実業家みたいな気配に似通った顔つきが多く、そのあたりのことを友達に聞いたりしてみたのだが、ゴルフというスポーツにかかっている競技能力のポイントが、リスクや計画、グリーン周辺の風向きや芝目を読んでいく能力というのが、実業家のそれと近似しているせいなのか?みたいな話になって、池田勇太あたりは順調にそんな日本のゴルファーの実業家のような顔のプロの前例にもれずガラス工房の下請けの社長の顔立ちになっていっているのに対し、石川遼が優れているのは単に「15歳でプロに」とかそういったことがフックになる以上に、リスクというものに対してとても厳密にならざるを得ないゴルフという競技の中でリスクを越えて攻めていく姿が突出していて、それが日本のゴルファーたちと違っていて石川遼の顔や気配が先の実業家っぽさから遠いせいでは?みたいな説明を友達にされてなんとなく所英男みたいなものが石川選手にあんのかな?などと考えながら行列を見ると、一向に動く気配がなかった。行列は本当に苦手だと元旦から改めて感じることになったのだった。話題は脇の屋台のケバブ屋のトルコ人の店員についてに変わった。




 かように長い歴史や系譜と土壌を持つスポーツの中で醸成される、そのスポーツの中で生き延びてきたことで生まれる選手のプロとしての顔、ということで、野球・サッカーはじめ、その前線にいる選手たちの顔や気配の中にその競技の歴史や系譜もまた刻まれているとも取れると思う。


 しかし、そんな風に思っている時に見た「古木VSアンディ」を観戦した時に感じた動揺は、あらためて現在の日本のMMAの歴史というのは実質始まってすらいないのではないか?とすら思わされ、それは古木がデビュー戦で松坂と同世代というだけで視聴率要因にし、いきなり檜舞台である大晦日に抜擢されることのメジャー格闘技の構造のいびつさから感じたことではなく、まったく逆で、これまで芸能人・元野球選手などの格闘技参戦があったがそのどれもが鼻白むものばかりだった中で、アンディの打撃をしのぎ切りサブミッションを果敢に仕掛け善戦した結果を残したことは、「思ったよりもずっとマシだった」という評価に行きついているが、自分にはそれが死角からヤバいところ突いてるような気がした。

 というのも、古木の顔や気配が既にDEEPなどの中小格闘技団体の選手のものと全く区別がつかず、場合によっては現在のトップ選手がどれだけ古木をデビューしたてのアマチュアと思わせる以上のものになってるのか?とすら思うほどで、柔道メダリストが格闘技の場に小川や吉田のような「柔道家」や「プロレスラー」の顔で上がる、というファイター像を選ばずMMAファイターとして努力する道を選んだ石井慧や泉浩の(現時点での)顔や気配が実質デビューしたての古木とそう大差無いようにさえ思えた。

 ここは古木にMMAを教えた小路晃をはじめとするスマッシュ陣営と、古木自身にMMAへの意気込みがあるのが見とれるゆえがに、デビュー戦で既に凡百の日本MMAファイターとほぼ同一の顔や気配を獲得できてしまっていることが、逆説的に現時点でのMMAというジャンルを代表とする選手の顔や気配というのがハッキリとしないという事実を弾き出してしまっているように感じるのだった。

 それは日本MMAにおいてのスターの在り方が、単純に言ってアマからプロへとのし上がっていき、その契機となるアマの大会も込みで世間に提供されるという、甲子園からプロ野球へ、みたいな競技的な形ではなく、やはり「プロレスVSグレイシー」の時代を制した桜庭和志を代表的に物語性や時代の変化そのものを見立てることから生まれてくるということに頼り過ぎ、プロスポーツとしての厳しい競争のヒエラルキーを形成し、トップの人間から嫌でもプロの顔と気配を獲得せざるを得ないような構造と別だからな気がする。UFCが凄まじいのはそういうヒエラルキーをTUFなど立てつつ形成し、エンターテインメントにしていることにあり、日本MMAはそういう競技上のプロ・アマのヒエラルキーの問題は完全に発展途上で、戦極フェザー級などの成功例(日沖・小見川を日本MMAシーンのハイライトにするまでに仕立て上げ、なんと昨年末にて日沖がサンドロに完勝する結末にまで繋げる土壌になっていた)もあるが、SRCのバンタムを見ててもある程度主催側の意識が見えないとプロへの脱皮が見え辛かったりとそのあたりのバランスは難しい。

 「日本の総合格闘家と言えば誰がすぐ頭に思い浮かぶか?」というのは簡潔ながらかなり難しい質問のような気がするな、などと水野、石井、泉、古木らのオーラがみんなほとんど同じに見えることから思うのだった。
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Comments

Re:かかとおとし様
この記事を書きながらだんだん「ひっでえカード組みやがってFEG&TBS」から
だんだん「古木選手、がんばれッ!」くらいに気持ちが変わってきましたが(笑)、
K-1(FEG)の「プロの顔」を獲得するイメージというのは前にもアメリカラスベガスのボクシング経由で
無意識に作られてきているように、魔裟斗・須藤・KIDあたりから見て取れ、
長嶋自演が現在それを追っているように見える感じです。

MMAというのは現在「競技」としてもうしっかり割り切ってメディアも製作側も選手も捉えているか?
それとも90年代~ゼロ年代みたいにいまだに「新格闘技として開拓する流れ」として捉えているか?
というのがどうにも曖昧で、やっぱ後者みたいに格闘技界の進化の成長率みたいな意味で捉えているゆえ、
進化の分岐点みたいな部分に注視しがちなのかもしれません。


それは全選手が同じ環境で練習してるからですかね。
Re:なだぎ様
思うにMMAをエンターテインメント・ビジネスと理解しているかが差だと思っております。
「MMAのプロの顔」の最上位はやはり米国UFCであり、そこでのスターGSPやディアズやソネン、JJの発言やファイターとしてのあり方を見ても明らかに日本のMMAのトップ陣営とは異なっていると思います。

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