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時に奇妙な武道の歴史・そして語られ直すべき中井祐樹氏

Category: プロ格闘技   Tags: 武士道  思想  新格闘技  中井祐樹  
どこかへ

 「格闘技」というジャンルで特に際立つものといえば単純にバイオレンス性などを挙げることができるが、それを抑制し調和させる意味や思想として「武士道」「武道」がクローズアップされることも少なくない。

 が、そうした「武士道」を標榜する新格闘技としての、かつての堀部正史の「骨法」や、佐山聡の「武道 掣圏」を目にした時の動揺とはどういうことなのか?こうした思想の暴走が如実に出ているカルティック格闘技あたりをはじめに、今回は学校教育の「武道必修化」あたりも軸にして、「格闘技と武道」、またはプロ格闘技と「武道」、そしてそれらを越境してきたと思われる、日本MMA初期の立役者であり、ブラジリアン柔術家であり日本修斗協会会長である中井祐樹氏の評価とは?の話。


<<相対性理論『ミス・パラレルワールド』>>




 まずはウィキペディアにて「武道」の項を参照して頂けると有難いです。ザックリ見るだけでも「スポーツとの対立項」など興味深い言及が為されている。

 コンセプトの部分だろうが建前だろうが、「武道」「武士道」という言葉が「高潔な日本人らしさ」いう記号的な意味の比喩やフックとして使われる以上に、もっと深く生々しい、本質的な部分に関わっていると思わされるのがやはり格闘技で、前置きにも書いたようにそうした精神性・思想を表現する意味で、以上の概念を取り扱った、創設者の思想を実現するための新たな格闘技の流派を生み出したりするって現象がしばしば生まれる。

 格闘技を捉える際に興行やスポーツとしてのフォルムではなく、実戦としての技術を習得すると共に自らの精神を鍛練するもの、として扱われるのだが、今だに格闘技を判断する時どっかしらで取り扱われる(らしい)この「実戦を意識した格闘技」というのと「人格形成・精神鍛練としての格闘技」として、見せ物としての興行、実戦としての意識が無くなったスポーツを越える意識として、漠然と「武道」が解釈されたおかげでそれらが持ち出されるのだと思われるが、しかしそこが例の骨法はじめ、果ては柳龍拳のような奇怪な格闘技もしくは人物を生み出す温床にもなっていたのかな、などと思う。

 近年に「武道必修化」が話題になったが、やっぱりその底には漠然とした人格育成なんかの意味が込められた解釈があるのだと考えるし、こうした教育のコンセプトの看板に上げられるほどにこの思想の磁場は強い。
 先のウィキの「武道かスポーツか」みたいな比較に戻って見ても、もともとの学校教育として取り扱われるスポーツ自体もそうした人格形成の面も見越しているってのには違いないはずなのだが、こと「武道」を看板にした場合のこの摩擦の中にこそ、科学か思想か、東洋的な価値か西欧的な価値かまで話を広げつつ、この両者の差が見とれるなどと感じてしまう。



 ツイッター上のまとめとは言え、ザックリとこの武道必修化に関してのこの語られ方を見ていて、自分の視点からすると、やはり近代スポーツの安全と信用の価値観にあるということが優先されるというのが基本の視点であって、下手に「武道」を持ちだした精神論を基調にしたこの教育法に関しての穴に関して強い危惧が見られる、というのは、先の「武道かスポーツか」の摩擦という意味でそのままだ。「教育」という観点に絞って評価すんのなら自分の意見もやっぱ安全性という面にこだわって考えてほしい、という側に立つ。
 

 こと格闘技こそ「スポーツか武道か?」の境界の真上に立っているともいえ、本当にこれが主催する団体や個人によって大きくブレまくり、特にまだMMAが「総合格闘技」という呼称で(※1)、新ジャンル新スポーツと認識される前、異種格闘技や決闘、あるいはバイオレンスの場という意味が強かった、90年代初頭あたりの時代なんかでは、もうホントにグレイシー柔術から件の骨法なんかを代表的に武士道思想だとか武道を元にした思想の実現(この二つって厳密には異なるものではあるが)とか,しかもそれが当時ヴァ―リトゥードで通用するとか信じられ、実際試合を重ねることによって結果が重ねられてきたりした、という歴史の事実、いまもってすごい時代だったと思う。

 さて現在は、K-1・PRIDEの格闘技バブルという経験を経て、「これはまったく新しいスポーツなのだ、格闘技は競技として捉えるべきなんだ」という認識が基調にあると思われ、少なくとも今、何らかの創設者の「武道」「武士道」の思想の実践たる「これが実戦最強だ。」みたいな新格闘技をやられてもコアなファンが飛び付くなんてことはまずないことはわかってるんだが、しかしスポーツとしての科学理論的な側面が重要だろう時代にまで到達する以前には、こうして興行格闘技のフック(あるいはベース)として武道または武士道が、アンディ・フグやグレイシー一族など正当な解釈であれ曲解であれ強く関わっていたというのは事実だろう。

 そういう意味で、今初代タイガーマスク・佐山聡の経歴を振り返ると驚く。当時の新日本プロレスを興行的に大きく牽引してきた天才的なプロレスラーが真剣勝負の新格闘技を、UWFなどを経て模索した結果が現在の「修斗」になっていることはじめ、そこから離れたのちに今度は「新競技」から「新武道」という、さらに本人の思想の実現という側面の濃い「掣圏真陰流」の創設と、この経歴もまた見事なまでに興行的にも競技的な側面においても、現在のこの日本格闘技の語られ得なくなったベースを鋭く映し出している存在だ。今度会催されるこの「武道 掣圏」もパッとこのリンク先のニュースを見ただけで「語られ得なくなったもの」を一瞬で理解できるオーラに満ちており、魅力と拒否反応がちょうど半々に現れる。(メイド服インディレスラーの佐藤光留選手参戦なんかも、この佐山聡氏の経歴と照らし合わせてるだけでやたらに意味深く感じるっつうか・笑)

 しかし、この佐山聡氏の経歴から見取れる「格闘技にまつわるスポーツと武道の境界の解釈のヤバさ」の一方で、「格闘技にまつわるスポーツの解釈の、最も正しいと思われる落とし所」という答えを持っていると思われるのが、佐山聡の弟子だった、中井祐樹氏なのではないか?と思う。


 ここでさっきのツイッターのまとめに戻って、ツールバーの最後のあたりに「力道山はなぜ木村政彦を殺さなかったのか?」の作家であり競技者でもあった増田俊成氏の意見があるので、そこをちょっと引用すると

 「武道とは何か」という定義付けが誰にもできていない今の段階で「武道必修化」されることです。以前、「ゴング格闘技」で武道について多くの方が語ったことがありますが、あのときも誰も結論を出せませんでした。私も含めて、ですが。

 あのときにいちばん核心を射抜いた発言をしたのは中井祐樹君でした。彼は「武道にあってスポーツにないものは何もない」と断言しました。アマレスと柔道をやり、修斗で命を賭けたバーリトゥードを戦い、ブラジリアン柔術家として活躍、さらに指導者として弟子を育て続ける中井君の言葉です。
 
 中井君のあの発言はおそらく「武道」だけが精神性のある高邁なものだと強調するのはおかしいと提起したのだと思います。ですが、逆説的になりますが、私が「武道とは何か」と問われたら「それは中井祐樹のことを指す」と答えます。彼ほど心を伴った競技者はいないからです。難しいですね。。。

 井上俊先生(社会学者)は、武道とは西欧の騎士道やスポーツマンシップが入ってきてから誕生した概念だと言います。昔から日本にあるように思われてますが実は非常に新しいものなのです。それ以前にも儒教と老荘の思想が入っています。武道は世界中の思想の入り交じった思想のMMAなのです。
 
 百数十年かけて一つの文化になったのは確かですが、「武道とは何か」という議論をしっかりして、ある程度の答を出しておく必要があるのではないでしょうか。そうしないと、わざわざ「武道」という言葉を使って必修化する意味がなくなってしまいますよね



 ここで発言されている「武道とは何かと問われたら「それは中井祐樹のことを指す」と答えます。」という発言にも見られるように、中井祐樹氏の経歴というのはそういう意味で「スポーツと武道の狭間」のもっと根深い所を、競技者として通過しており、しかもそれが先にも書いた、骨法もグレイシーも「実践最強武道」ということでいっしょくたに信じられた狂乱の時代を通過してたことも含まれる、というの意味も大きいと思う。

 七帝柔道から修斗に入り、それから伝説となっているヴァーリ・トゥードジャパンでのゴルドーとヒクソンの死闘から右目を失明し、それからブラジリアン柔術家となっていき、現在も高い技術をもつ弟子を多く輩出している、という競技者としての経歴は、先の師匠でもあった佐山氏の経歴が示唆する危うさに答えを出しているようにも思え、いまこそ単なる技術解説DVDだけじゃない、人間・中井氏の経歴やインタビューをまとめあげ、書籍化するべきとも思っている。そこに、増田氏が言ったように、この現代における「武道」という、ある時期には思いっきり「実践最強」などとまで暴走して解釈された概念の、一つの答えが提示されていると思うからだ。

 「ゴング格闘技」あたりで中井氏と甲野善紀氏の対談とか組めないものだろうか?地味に映るがかなり面白くなると思うんだが。

 
 


(※1・しかし考えて見りゃ現在だって世間的には「総合格闘技」という呼称までで、「MMA」というジャンル名が定着したとは言い辛いか。当のMMA先進国たるアメリカにしても「MMA」ではなく「UFC」とイベント名が先に出る現状らしい、というのを1,2年前の何かのニュースで見たけど、現在はどうなんでしょうか。)
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