オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


金網の向こう側の、日本と米国のミッシング・リンク

Category: 米国基地   Tags: MMA  UFC  
オーキー・ドーキー

  山本KIDと小見川道大が出場するUFC126には、以前から亡命と挑戦の気配がニアイコールで繋がっているように見える、と書いたが、現状を見てると「日本の価値では使いどころが当てはまりにくいせい」とかそんな単純なレベルじゃなく国家が破綻して難民になるとかそういうレベルの例えになりそうだ。この国から大衆娯楽としての格闘技というものが消滅間際にある中での、パワーバランス変動の瞬間という意味合いを感じるこの二つの試合に関して。


 <<Hasta Siempre Commandante-Buena Vista Social Club>>


<<小見川道大VSチャド・メンデス>>

 先の亡命か挑戦か、のコンテクストを抜きにして見れば、両者の打撃技術と組み技の技術から判断して面白い試合になると思う。 フェザー級による「秋山成勲VSアラン・ベルチャー」の再来になりそうというか。

 チャド・メンデスは数多くのアメリカMMAファイターのように、カレッジレスリングの強豪選手が転向したというケースで、そういう部分から日米の比較に持っていくと、すでに何度も思ってることだが向こうのアマチュア競技からプロへの転向という流れが、多々見られるレスリングからMMAへのスムーズさというのがそのファイトスタイルや戦績から察することができる一方で、日本の土壌においての柔道からプロへ、のボーダーの厚さなんて詮無いところに思いがいく。(これは完全に印象で語っていて、比較検証してないが、レスリングの大会の高い実績を持つMMA選手というのが適当にアメリカのUFC参戦選手の名前を出してもだいたい思い当たる。)

 日本人の柔道VSアメリカ人のレスリング、なんて異種格闘技式に見立てるのもなんだが、日本と米国のオーソドックスな格闘競技であるこの二つの土壌の深さの闘いという、けっこうやっているものかと思いきや、実はそんなにケースが思い当たらないこうした構図は、PRIDEの吉田秀彦VSルーロン・ガードナーの金メダリスト対決などがかつてあったが現在のMMAとは別のフックであったことには違いなく、こうして日本の柔道出身の選手が米国に再上陸することの意味とは、そのあたりの比較もある。

 そして、現在のUFCを評する時に「ボクシング&レスリング」だと、時に「だからつまらないんだ」と暗に含んだ揶揄さえ込めて言うが、まさしく米国に深い歴史と土壌のある代表的なこの打撃と組み技の競技に関しての日本との差こそが、アメリカ人がUFCを見つめる視点との温度差そのものだと思う。マニー・パッキャオなどのスターの試合のボクシングが高いPPVの売り上げを誇り、レスリングの大会でも会場に人が詰めかけるという土壌で、MMAの見方もかなりそうした環境がコントラストになってる面もあるのでは?と思う。日本でも柔道の世界選手権などはTVでも放映され、観客も入るけど、その時に金メダル取ってる選手がどんどんMMAに転向して「柔道のプロとしてのMMA」みたいな流れって見えづらくて、漠然とメダリストの権威のネームバリューまででストップしていて技術面の凄みにまで視点が流れにくいというか。世間の柔道を見る目線をMMAにまで繋げるっていう。(まあ、はずれだとは思うが。)

 今後日米の距離感を測らざるを得ないセクションがMMAで増えてくると思うが、現在に至るも明確なボクシングとレスリングに関しての背景や技術の土壌がいかにして現在のMMAに繋がっているか大体的に考察したものを、自分は見ていない。この二つの競技に日米間のMMAの理解のミッシングリンクがあると考えている。

 そして、その意味で非常に確かなボクシング技術を持つ柔道家・小見川道大が再びUFCに渡り、闘うことから見えてくるのはこのミッシングリンクに関してだと思った。小見川はメンデスのタックルやクリンチの技術にどれだけ対応するんだろうか?


<<山本KID VSデミトリウス・ジョンソン>>

 どおでもいいけど「デミトリウス・ジョンソン」って響きがいいですよね・・・名前の。

 K-1も、DREAMも、dynamite!にも、「疑似ラスベガスアメリカンボクシング感」が無くなっていき、KIDがもっともスターとして祭り上げられていた疑似アメリカボクシングの最たるHERO’sの旧DSEとの大連立による消滅によって、どっかしら座りの悪さが観客の自分からは感じられた。

 その日本人によるミニチュアのアメリカ・ラスベガスによってスターになったKIDが、本物のアメリカのラスベガスでのUFCの大会に出場する。遂に魔裟斗がラスベガスで闘う(しかも、K-1MAXじゃない舞台で)なんて姿を見ることはなかったが、この試合でまず震えることは、それが実現されたことにあった。

 おそらく過去のどの日本人のUFCでのオクタゴンの中の姿にはまっていることは誰もが容易に想像するだろう。自分にはKIDが追いやられたのは日本から疑似的なアメリカの感じが無くなったせい、と見ていて、KIDの挑戦かと思いきや、実は故郷への帰還のようにさえ、実際に試合になれば見えるのかもしれない。最初から何年もUFCに参戦していたようにさえ見えるという。ではアメリカ性が無くなった今の日本の興行はなんなの?というと、もう魔裟斗とKIDの煌めくアメリカ感と見事なまでに相反するネットと炎上による諧謔と内ゲバの見立てのジャパニーズMMAという代物に・・・(永田のように白目を剥きながらこの文タイプ)

 単純な技術の強度から考えてしまうと、対金原戦や、ジョー・ウォーレン戦のようになってもおかしくはないと思う。しかし、「アメリカが合う」というのは単に見ている側だけが感じていることではなく、当のKID自身が一番感じていることのようにも思う。金網の中で、HERO’s後の座りの悪い頃よりもリラックスしていたらいいな、ラスベガスの観客から大きな声援が来るかもしれないな、なんて、最近の実績に対して悲観的に見るよりも、かつての日本のFEG興行にあったものが、懐かしく取り戻される、のが、なんとモデルとしていた本場の中の本場、という凄まじい逆転が見ものだと感じる。



 
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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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