オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


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エメリヤー・エンコ・ヒョードルのカウントダウン

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ヒョードルと引退
 ミルコにしても、パッキャオにしても、はたまたアントニオ猪木、大仁田厚、ザ・グレートサスケなどから、さらには谷亮子まで、状況や環境、競技が異なる以上、彼ら彼女らは個別に判断されるべきであるが、大なり小なりの格闘家がこうして政治家になる・なりたがることのメンタリティは彼らの試合そのものにこそ期待しているファンにとって鼻白む。少なくとも日本人である自分にとっては、フィリピン人におけるパッキャオが政治家になることと、谷亮子が出馬するニュースとでは現在2010年のこの国における「国民的英雄」が「政治家になる」というものの概念に差があることは明らかだ。
 

 自分がこうした格闘家が政治家になりたがることの嫌な感じは、第一に彼らが「現役の選手でありながら」政治家になるというスタンスそのものであり、そこから類推される選手が所属している競技とその権威との距離感や、現行のいち選手で居続けることの一種の社会的な上がりのなさなどに端を発しているかのような、つまるところ一種のルサンチマンを元にしたエゴイズムを垣間見てしまう点にそうした感じを受けるのだと思うし、また政治家という一種の社会的権威の最も単純なポジションを志向し、また自身が想定している人気や支持を元に議席を獲得できるだろうといったような自己評価(かなり短絡的な見方で、政治家になる話はそんな簡単なものではないことは承知の上だが、選手自身が認識している「自分の人気、支持」というもののリトマス紙として「政治家になる」ということは大きいという意味で)というものを露呈させる意味で、「現役でありながら政治家」を志向する選手はファイターとして保ってきた一つの本性というものを「バラして」しまうことになると見ている。先に挙げたファイターたちをはじめ、政治家就任以前/以後でそのキャリアの在り方が下降線を辿ってしまったケースなど、数多く思い当たるはずだ。
 

 長い前置きになったが、「ヒョードルが政治家になるために引退」という、2010年世界MMAのニュースでは最大と思われる、かつては幻想によって「400戦無敗」だとか「霊長類ヒト科最強」とかいった言葉によって存在を成立させていた時代を超え、幻想の常套句である「最強」を今日までに限りなく真実に近いところにまでその存在を持ってこさせたヒョードルのこのニュースは、先の「ファイターと政治家」論からいけば、ものすごく微妙なものだ。

 ヒョードルを苦戦させただろうブレット・ロジャースがアリスター・オーフレイムに圧勝されてしまうという比較に加えてこのニュースは、いよいよヒョードルが「バレて」しまうのではないか、というギリギリのところに今現在いる、ということを改めて思わせ、振り返れば「サンボ大会で負けてしまう」などや「アンドレイ・アルロフスキーにボクシング技術で劣ってしまう」などPRIDE崩壊後のヒョードルは様々な局面で「バレかけてしまう」という局面に出くわすのだが、ギリギリのところで、(ちょうどアルロフスキーの飛び膝へのカウンターで逆転してしまうみたいに)「最強」の実存が保たれているのである。
 こうしたギリギリの実存を今日まで保ってきたのは本人による言葉や仕掛けによる「最強」幻想の提供に見られるようなルサンチマンとエゴイズムによって前近代までに成立させてきたものが、こうして「PRIDE」や遡って「リングスKOK」など現実に総合格闘技という「最強」を証明する暫定的な競技体系が整備された場にて頂点に居続けたことで、20世紀までは言葉や仕掛けによって成立させていた「最強」幻想を実体として証明するという、おそらく最初にして最後の世代だと思う。(そしてこれは、桜庭和志選手にも言えることなのだが、シウバ戦以降ずっと「バレ」続け、一種の幻想やイメージというものが破壊されることの辛さというのを見せ続けている。)
 
 現在「総合格闘技」「ヴァーリ・トゥード」など様々な呼ばれ方をしてきたこの「(ほぼ)なんでもあり」の格闘技は、「MMA」という言葉にて一つ新興格闘技名として統一されていっていることに見られる、「最強」の幻想や、柔道対UWFのような異なる人生が交錯する場としての「総合」という意味の実現という由来を失い、完全に競技と化してしまった時代において、ヒクソン・グレイシーも失笑の対象となってしまうほどに「最強」が相対化されつくした現在、おそらくヒョードルこそが世界で最初に幻想によってのみ成立していた「最強」の概念を限りなく実像に近付けた選手であり、そして最後の「最強」の幻想を保持する選手と言える。
 これからのMMAが完全に「競技」となった時代に、どれだけの人間のチャンピオンが生まれようとも、そこに幻想は薄いだろう。今後の評価はボクシングのように精微な数値上の記録、例えば「○○回防衛」だとか「○○連勝」の記録だとかの価値が重視されていく時代となっていくだろうし、元WWEプロレスラーのレスナーがUFCチャンピオンであるというのも前時代からの評価とはまったく別だろう。ヒョードルこそが「最強」をPRIDEにて限りなく実体として我々に見せてくれることを為したおかげで、時代が下った現在最後の「最強」幻想保持者となっていると思う。そういう意味では「ロシアン・ラスト・エンペラー」という適当な煽りコピーも、巡り巡って文字通りになったわけだ。

 自分としては、こうしてヒョードルの実像が保有している最後の「最強」の幻想が、現実の実力としても「政治家を志向していた」ということの微妙さなど、非常にギリギリのところにあることに、不思議なくらい動揺している。「政治家になる」ことも引退してからの予定であり、現役のファイターで居ながらにしてではないというところに、ヒョードルが今日まで幻想を保ってきたエゴイズムを抑制する堅実なパーソナルが鼻白むことをギリギリで抑えてくれていることに、日本人が見立てた最初にして最後の最も実像に近い「最強」の幻想が成立しているのを、まだ確かめたいからだ。
 「格闘技通信」も休刊する現在、新日本プロレスアントニオ猪木や極真会館大山倍達などが生みだしてきた20年来の格闘技の「最強」幻想の歴史が、否応なしに終わっていっている現在、ヒョードルも「終るかも知れない」という不安をまとってはいるが、どうかバレないままに引退を迎えてほしいというのが自分の願いだ。情報と批評による幻想や物語性といったものが否応なしに解体・相対されてしまう現在、ヴェウドゥム戦含めた残りの試合も勝ち、引退試合にアリスターと闘うことは避けて他の奴に勝利して引退できたならば、「400戦無敗」「霊長類ヒト科最強」というものが現実として存在していた、という物語を見届けられたという安堵を得られる。いまオレは「アリスターとは闘うな」と打ちこんだが、それくらいヒョードルはバレかけているが、しかしわからないという絶妙の存在となっているのであり、そしてそれがバレないまま去るということが難しい現在、それを実現させてもらいたいのだ。
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Comments

おめでとうございます
blog開設おめでとうございます(*^▽^)/

すごい読みごたえです。

さっそくリンクしましたょ!
本来やる側でありながら、興行として、エンタメとしても格闘技を捉えていらっしゃるWEB新様、ありがとうございます。

デザイン優先してPCで見ると字がちっちゃめですが、大丈夫でしょうか。

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ビデオゲームというフィルターから俯瞰する、現代エンターテインメント総合批評
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