オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


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「最強幻想」の歴史が途切れようがどうだっていいが、こればかりは引き継いでくれるな

Category: MMA   Tags: MMA  SF  ヒョードル  PRIDE  
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 ヒョードルの敗戦とその後の引退をほのめかす発言をしたことに、数多くのファンがこの現実にショックを受けているのが見受けられるが、同時にこの結果を持って「幻想」を見届けたことで一つの区切りをつけた、という方も少なくは無いと思う。

 しかし、続報を見ていてふと恐ろしい想像をしてしまったのが、SF&M-1グローバル陣営が本当にこのままヒョードルの引退を許すのだろうか?ということと、一見ヒョードルの敗戦をあげつらって罵倒しているかのようなダナ・ホワイトのツイッターでの発言もあるが、よく見るとむしろ本人以上にヒョードル陣営に対しての苦言の方が読み取れることから判断しての、「最強の幻想」が現実にさらされた以後のさらなる恐怖の予感について、「UFC以外の世界」の考察。



[Washed Out - Feel it all around]

 「何が最強か?」を描いてきた幻想をビジネスにしてきた側面を、特に土台にしてきたMMAは、そこが単なる格闘技のいち競技としてのもの以上の魅力となっているのには違いないが、そうした選手の幻想を元にした市場価値優先での真剣勝負であるゆえに、さらに残酷な展開を引き起こしてしまうことも少なくない。

 PRIDE以後の時代ということで、既にミルコ、ノゲイラなどがUFCで敗北していくことで、そういうPRIDE時代から引き継いで来た幻想の価値が、UFCでの現実の価値に再編されていくことに関しては、それはファンにとっては通用しなかったことは悲しいかもしれないが、残酷すぎる感覚を受ける手前くらいでまだ踏みとどまれているとも思う。

 しかし、「UFCで序列を組み直される」ような試合でなく、「PRIDE時代からの最強の幻想」という価値を引き継いだままのストライクフォースにて、現実に引き合わせる試合に出くわしたときの残酷さというのは、先のミルコ、ノゲイラらよりもはるかに残酷な印象があるように見えるのだ。



エメリヤー・エンコ・ヒョードルのカウントダウン

エメリヤー・エンコ・ヒョードルのカウントダウン・Ⅱ・ヴェウドゥム戦

 ヒョードルのアントニオ・シウバ戦に関しては、去年のヴェウドゥム戦前後の記事だがその時の展望とそれほど大差ない。この時点で政治家転向の噂もあったりして、そういう進退も込みで最強幻想はバレかけてると見ていて引くならアリスターとやることなく、全勝で身を引いてくれと思っていた。

 闘わずして身を引いてくれなどとどうかしている見方には違いないが、去年のその時点から今も変わらず思ってるのは、これまで数々の人間が自分なりの「最強」だとか「武道」だとかの幻想なりブランドなりを築き上げて生きてきたのが、ちょうどPRIDE時代はプロレスだとかグレイシー柔術だとか柔道だとかが標榜してる「最強」みたいなのがホントかどうか実践して見せてしまう、なんてことが、やっぱ前の時代の、洗練された競技以上のMMAの魅力的なフックとされていたのには違いなく、そして現実に結果が出されることによって「幻想」を生む仕掛けが暴かれる残酷さというのも、4点ポジの膝やサッカーボールキックなんてえげつない攻撃が許容されてたPRIDEの残酷さの一つになっていたと思うのだが、遂に競技的な方向にシフトしきれないまま潰れたことで、漠然と「最強を、真剣勝負で決める場」ということで終わってしまい、そしてヒョードルはそういう意味でプロレスもグレイシーも柔道もなにもかも潰れたりバレたりする中で、最後の「最強」の幻想を体現できた存在なのだろうな、という評価だ。

 しかし、PRIDEが潰れても呪いのようにそんな「幻想」だとか「レジェンド」というものが、もうどんどん洗練されて、数多くの選手が階級の変更すら検討しているくらいになっているはずのMMAの中で市場価値を為してしまっているということのえげつなさが出てくるのか?という可能性があるのは、正直ちょっと怖い。

 というのも、これからのヒョードルの選手生活がどうなるのかはわからないし、引退するにしても現代MMAに適応するよう鍛え直して再起戦に臨むにしても続報を待ちたいが、気にかかるのはM-1グローバルとSF陣営側という、周辺の人間がどう捉えているのか?ということで、まだヒョードルをフックとして興行ひっぱんのか?という可能性を考えると、日本のメジャーのMMAにおける桜庭和志の実力以上にネームバリューによる取り扱いに似通ってくるのだとしたら恐ろしい話だと思っている。

 桜庭選手がリングに上がる際、「レジェンド」と扱われながらここのところずっと「復活」「復帰戦」などの言葉がかぶせられるように、これからのヒョードルが現役を続ける際には「復帰」「復活」の言葉が付いて回るのだとしたら、PRIDEの悲劇の一つになるな、とも思ってしまう。「PRIDEが終わった」のではなくむしろあの時代の副作用が今、UFC以外の旧PRIDE系統のMMAに出てきているという印象だ。


 UFCに行き、敗北していったPRIDEの選手が公に「復帰」「復活」みたいなコピーをつけられることなく、厳しいヒエラルキーの中で序列が決められ直す、というのは、哀しくはなるが残酷に思うことはない。そのUFC以外の漠然としたネームバリューによって興行を行うところになるとそうしたコピーが背中越しに見えてくる血生臭いものになってくる。そこにUFCと、それ以外のメジャー興行の地力の差と感じている。

 最近井岡選手の世界戦の後に具志堅用高氏の試合がハイライトで流れたのを見た。13連続王者防衛という輝かしい実績を生み、ただ一つの防衛戦の敗北によって引退を選択した、というキャリアは、リアルタイムで見てきたわけではない自分がいうのはおごかましく、失礼な言い方かもしれないが、美しいものだと思っている。

 観る側の思い入れによる傲慢な意見には違いないが、今だ統一した権威もルールも無く、いまだ幻想寄りのネームバリューに頼られがちな歴史の浅いMMAにおいてそこまで美しくキャリアを収められる選手も限られてくる。少なくとも自分はそういう意味でPRIDEの負の部分を引き継いでくれるな、美しく引いてくれという思いが強い。PRIDEは終わってはいない。むしろ亡霊や呪いのようにどこかで顔を出してくる、そう感じている。
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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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