オウシュウ・ベイコク・ベース廃墟


☜UFC127 「B」■「J」●・M・■「M○A」 頭文字J☞

Category: MMA   Tags: MMA  UFC    ジャパニーズ  
コーラ
BJペンの試合前のあの表情。 少し前に「総合格闘家の顔」というネタを書いたけど、この競技というかジャンルの職能を果たしている顔はどういったものなのだろうな、と考えていた時に、尋常でない気迫に満ちた表情のペンを見て、少しだけその疑問が解けた気がした。


J-POP」とかちょっと前なんか「J文学」とか言われたりしているのを見かけるが、あるジャンルの頭にいかにしてこの「J(Japanese)」がつくようになり、そして付くようにしてから何が変容するようになったのだろうか?、と昨今の「J-MMA」とさえ呼ばれるようになった日本のMMAの現状と傾向についても、少し思うところがあった。

というわけで今回、<<UFC127 見立てのBJ観戦記録>><<頭文字J>>の考察です。 



<<This Fire - SIM REDMOND BAND>>

●「B・J」M・M・A」(BJペンの表情)

 ジョン・フィッチ戦は最悪、最初からあの3Rでのトップポジションでの圧倒がフルに続いてTKOorフルマークの判定負けになってもおかしくはないやっかいな相手だと思われたが(って、ちょいちょい後だしジャンケン気味だが)、結果として前回のヒューズ戦の秒殺を匂わせるかのようなあの強い気迫とともに、試合開始直後に一気に金網に詰めて、いきなり来るか!?と思わせながら、なんとフィッチより先にテイクダウンを奪ってペースを握るという戦略で行ったのはすげえな、と素直に感じた。

 あまりに単純な見立て直しかもしれないが、五味選手で言ったら柔術の能力の高いケニーフロリアンだろうとスタンドでの状態のプレッシャーを逆に利用して寝技でトップをとって圧倒することでプレッシャーを与え、青木選手だったらメレンデスに対して組みの圧力かけつつハイキックでフラッシュダウンを取ってしまうようなものなんじゃないか?と、BJペンがいきなり相手の得意分野に真っ向から入っていき、先にフィッチを倒して上を取ったこのシーンは見えた。

 BJのあの気迫に近い表情で、リングに向かい劇的な勝利を遂げてきた選手は、過去の五味・青木・北岡などもそれに当たると思うが、その気迫すら一種の戦略に落としこみ、そして着実に実行してしまえる点に驚いた。気迫を放つことのできるはずの選手が、現代MMAで勝ち残っていくにあたっての隙を突かれて敗北してしまうことで、そこから修正していこうとするなかでそうした部分が削がれ、しかも結果再び敗退してしまう、というのもいくつも見かける中で、「ピークは過ぎた」とさえ時に言われるBJペンがここまでのテンションで、現代MMAを実戦しているという姿を見て、それが自分には、今からでの日本格闘技だろうと追いつくことができる、「MMAのプロの顔」のようにも思った。(ここで言ってる「プロ」は、現実に金になる選手の市場価値のことか、試合に臨む姿勢のことなのかと最近議論されるくだらないことになっているけど、無論、両者が合わさったものということで)

 階級を上にあげての2戦目でしかもレスリングの能力の高いフィッチ相手にあそこまでやったことは、ドローというはっきりしない結果とはいえ、素晴らしい内容だったと思う。「ドローで楽しめる」とかってどうかと思う感性には違いないが、エドガーVSメイナードなど最近はそういう内容の濃さが際立つゆえ、何かと心に残る。

 あと余談だけど、ドロー発表ではっきりブーイング浴びせる観客っていいなあと思った。


●B「J・M・M・A」(バッドか否か?「ジャパニーズ」MMAの「J」の怪異)

 「ジャパニーズMMA」という言い方をときたま聞くようになったのは、そういえばいつのころからだろうか?ちょっと確認のため「J-MMA」とグーグルで検索して一番最初に当たったのはなんとこのサイトで(笑)、まあーそれはネタとして「ジャパニーズMMA」と検索すると、現状の日本MMAを憂う記事がいくつか出てくる。
 大手を振ってこの名称は出回ってはいないものの、時折目にするこの微妙な気持ちにさせられるこの名称は、これまでにも他のジャンルでも時折「J文学」だとか「Jクラシック」だとかとどういう経緯や意図で(一時とはいえ)呼ばれるようになり、それは一体なにを意味してたんだろうな、などと思う。

「Jの時代 part1」 「part2」より

鈴木:Jという言い方がでてきたのはいつ頃から?

柳瀬:リアルタイムなのでよく覚えていますけど、1987年12月のJRが一番初め。若い方のために説明しますと、もともと国鉄というのがありましてw 赤字になって民営化して、JAPAN RAILWAY、愛称としてJRが出てきたのがメジャーなものとしては一番初めですね。その翌年にJ-WAVEが開局。当時の中曽根首相が民活で、三公社五現業なんていわれてた国営企業を民営化しようとした。そのときに古臭い名前、国鉄をJR、日本たばこ専売公社を日本たばこ産業にした。JRが定着したので、後になって89年にJTという呼称を付けたんです。その後90年代頭に農協がJA、日本中央競馬会の略称JRA、そのあと93年に決め打ちとしてJリーグ。ポイントは、当時、大学生から社会人になる頃でしたけど、「JRなんてダサい」と感じたこと。国電の山手線なんかはE電と呼称付けられたけど残らなかった。JRは他に呼びようがなかったせいか、いまのJナントカに繋がるものとしてか、残ったんですね。




 佐々木敦氏、津田大介氏らが参加しているこのラジオの対談の引用を使いつつ話を進めるが、日本のポップミュージックにおいての「JPOP」という名称が現在でも定着している頭文字に「J」が付いて回るジャンルの代表的なものだろうが、かつてまで「歌謡曲」や「ニューミュージック」などと呼ばれ、変化していったこのジャンルが、90年代にこうした名称に取って変わるようになった背景なんかも込みで考えていくと、「日本国内のみで通用すること」それ自体がガラパゴスとか言われちゃう現在とも話が繋がると思われる、最初の「世界では最前線のものがあることを自覚した上で、ここは日本国内で日本人が最も咀嚼しやすいようにアレンジされたジャンル」と言う意味での「J」が付くようになる現象、なのだと勝手に考えている。(90年代から、という視点からだとサッカーの「Jリーグ」もそれに含まれるかな?とか一瞬考えたけど、これは公称だし、また「世界の前線との対応の仕方」など、日本人だけが楽しめるサッカーというのとまた別の話だけど、公に「J」の頭文字が付いて回るようになる時代の一つ、という意味では興味深くもある。)

津田:日本の音楽業界はちょっと特殊で、タイアップの手法が強かった。放送局が音楽出版社を持って権利を持つ、で権利を持った楽曲をラジオで流すと売れるという構図。アメリカなどは明確に禁止されてますけど。広告代理店、CMがあるなかで、ある種の一大キャンペーンだったと思うんですね。渋谷系なんかの流れもあって。これは新しいものだと。今までの日本の音楽とは違うだろうと印象付けるために、J-POPという言葉が曖昧であったからこそ、利用された。音楽業界ではムーヴメントに近かった。60年代の日本の音楽は職業作曲家が作っていて、洋楽をそのまま引用して作っていた部分もあったじゃないですか。その後、フォークが出てきて、自作自演するロックバンドが出てきた。で、バンドブームがあって、渋谷系なんかが出てきて、アイデンティティを獲得していくというミュージシャン側の気分があったと思う。「今までのニューミュージックとは違うよね」というミュージシャン側の気分と、広告代理店、タイアップの手法、新しいラジオ局J-WAVE、渋谷のタワーレコード、HMVなんかが上手くマッチして、J-POPというネーミングが定着していったんじゃないかな。



 そうした「J」の付いて回る背景などを先の対談などを見ながら考えていくと、90年代までならこうして商業的にアピールしていくためのていのいい名称として「JPOP」というものが広まっていき、以後の「J文学」などの「J」が付いて回る仕掛けがあったのは、そうした歴史があってのことらしい。

 しかし自分にはこうした「J」が付いて回ることに関しての、現在の効果や意味っていうのももう変わってしまってんのかな、なんて思う。自分は「Jなんとか」のように名乗るジャンルは正直どうにも苦手で、その底には「日本人が楽しめる―味わいやすい」から、言いかえれば「日本のキッチュさを肯定する、キッチュさに閉じこもる」みたいな意味も同時にあるようにも思うのだが、「日本のやってきたことはガラパゴスなのか」なんていいだすようになってしまった現在からすると、現在の「J」はもう90年代的な広告代理店側が仕掛けられる効果を見込める最大のJPOPが「嵐」や「AKB48」になるくらいに絞られてる以外には、その意味はほぼ「キッチュなもの」くらいにまで軸がよれてしまっているのが現状だと思う。

 
 そして、「J」のその悪性の意味に極端なまでに振り切っているのが、まさしく「JMMA」「ジャパニーズMMA」という言われ方にあるように見え、特にMMAの本場が米国UFC、という構図によるコンプレックスが、これまでの「J」が付いてきたジャンルの、日本国内市場のみを大きく回す方便としての時代と背景と全く別で、本当にコンプレックスしかないのが痛い。

 そしてこの「JMMA」と呼ばれる時はPRIDE崩壊以降のメジャー興行での特徴を指し示すことが多く、修斗などの厳密な日本の競技団体に対して言われることは少なかったように思う。
 前にも書いたことだが「スターとして振舞っていこうとすること」と「荒かろうとKO・一本を目指して観客をグルーヴさせようとする」がイコールで結ばれてるのか?という疑問があったが、「ジャパニーズMMA」の特徴というのが現在、それが悪性の意味ばかり強く感じるのが現状だ。




 こうして考えてくと「K-1」は実質「J-KICK」でもおかしくないギリギリの代物だったと思うが、そもそも海外に立ち技の格闘技のビッグイベントが存在しておらず、日本が最初に行った、(建前は)世界大会として成功させてきていたからすげえよなあ、と思う。

 今だ今年の興行の予定さえ、音沙汰ないし、無責任極まりないエールだがFEGには頑張っていただきたい。よしんば、「K-1」ブランドが海外の手に渡り、日本がその後追いをする、みたいなことになったとして、その後の日本大会の俗称として「ジャパニーズK-1」、略して「JK-1」などと呼ばれる時代になったら、地獄だろう。どこの風俗だみたいな呼ばれ方になりかねない時代を回避することを切に願うのだった。
 


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テーマ : 格闘技    ジャンル : スポーツ

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